研修生応募者がついにゼロの異常事態 文楽は“令和の危機”を乗り越えられるのか
家柄に関係なく、実力本位の世界
国立劇場や国立文楽劇場を運営する独立行政法人日本芸術文化振興会には、「伝統芸能伝承者」の養成所がある。現在、5ジャンルがあり、「歌舞伎」「能楽」「大衆芸能」(寄席囃子、太神楽)、「組踊」(沖縄の歌舞劇)、そして「文楽」である。
よく文楽界を歌舞伎界と同じように見る向きがある。歌舞伎界は、「世襲」が基本である。役者の家に生まれ(または養子となり)、幼少期から芸を身につけ、やがて親の名跡と家の芸を継ぐ。
だが文楽界は、まったくちがう。「名跡」「家」は関係ない。実力本位の世界だ。もちろん幼少期から親に学んで芸を継いだひともいるが、一般家庭から文楽界に入ることも普通なのだ。現在、文楽界は85名の技芸員で構成されているが、そのうち49名が養成所出身だ。実に半分以上である。
「入所の年齢制限は、中学卒業以上~23歳くらいまでです。経験は一切問われません。大学を卒業してからの入所も可能です。一度、一般社会での仕事を経験されてから入所される方もいます」(国立文楽劇場担当者)
授業料は無料だ。そればかりか、
「毎月、振興会から10万円の奨励金が貸与されます。修了後、3年間を技芸員としてつとめれば返還は不要です」
そのほかに文楽協会からの奨励金もある。
文楽の場合、研修の中心地は大阪(国立文楽劇場)だが、東京公演中は東京でも行われる。宿舎もある。研修期間は2年間。8か月目に適性審査があり、「人形」「太夫」「三味線」のどれを専攻するかが決まる。
「終了(卒業)後、公益財団法人文楽協会と契約して正式な技芸員となります。同時にどなたかの師匠に入門します」
なんと文楽では、2年間の研修後、すぐにプロとなるのだ。もちろん、最初から大役を務めることはありえない。問題はここから先だ。
たとえば人形遣いの場合、最初はいちばんつらいといわれる「足遣い」からはじまる。腰を屈めて人形の両足を担当し、バタバタと足拍子も踏む。女形の人形は足がないので、着物の内側をつまんで、いかにも足があるように見せなければならない。これを約10年務めると、「左遣い」に昇格する。
「左遣い」は、文字通り人形の左手のみを担当する。左手には棒の「差金」が付いていて「引糸」を操作して手首を動かす。常に右手とうまく合わせなければならない。これまた10年ほどやる。
ここまでは「黒衣」である。真っ黒な頭巾を被っているので、顔は見えない。「足遣い」「左遣い」を計20年ほど担当して、ようやく出遣い(顔を出す)の「主遣い」となり、首〔かしら〕と右手を担当する、いわば主役だ。プログラムにも「人形役割」として名前が載る。というわけで、人形専攻の場合、仮に23歳で卒業~入門したら、主遣いになれるのは最も早くて40歳代半ば過ぎだ。この期間の長さが、いまの若者に敬遠される理由かもしれない。
だが、一般社会でも、男性課長職の平均年齢は「48.7歳」 である(厚生労働省の調査)。少なくとも昇進の点では、世間とそう変わらない。ほんとうに、そんなにつらい世界なのだろうか。
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