研修生応募者がついにゼロの異常事態 文楽は“令和の危機”を乗り越えられるのか
応募者ゼロは初めて
人形浄瑠璃文楽(以下「文楽」)は、江戸時代前期の1684年、大阪ではじまった。一体の「人形」を3人で遣い、「太夫」(語り)、「三味線」(音楽)とともに同時進行する。世界でもまれなスタイルの人形劇で、ユネスコ無形文化遺産に指定されている。
歌舞伎化された演目も多い。「仮名手本忠臣蔵」「義経千本櫻」といった人気舞台は、もともと文楽がオリジナルである。
その文楽に危機が迫っている。技芸員(演技・演奏者)を育成する「養成所」の研修生が、今年度、応募者ゼロだったのだ。ゆえに現在、研修が開講できない事態となっている。
「もともと文楽の技芸員になるための基礎教育を行うことを目的とした、若干名の募集なので、毎年度の応募者は、5人前後が通常でした。しかしゼロは初めてです。ここ数年、コロナの関係で地方公演も含めて公演の機会も減りました。そのため、以前ほど文楽の魅力をアピールできなかったせいもあると思います」(国立文楽劇場担当者)
「大阪市長だった橋下徹さんの影響も、色々な意味で大きいと思いますよ」
と語るのは、あるベテランの演劇記者である。
「2011年に大阪市長に就任した橋下さんが、文楽協会への補助金が既得権益化していると、打ち切りにすることを表明しました。橋下さんは“時代に合わせた演出を”と言ってましたが、シェイクスピア作品や、童話の『ジャックと豆の木』などが文楽になっていることは知らなかったのでしょうか。ほかに技芸員の自主公演ですが『ゴスペル・イン・文楽』と称して、イエス・キリストの生涯まで文楽になってます。文楽界は意外と柔軟性があるんです。騒動のおかげで、文楽は退屈で時代遅れの芸能であるかのようなイメージが広まった一方で、逆に文楽そのものを知ってもらうきっかけにもなりましたが……」
現在、養成所の研修生は人形専攻が1人いるだけである。来年度も応募がなければ、研修生も在籍ゼロということになってしまうのだ。
この事態に、文楽界はどう対応するのだろうか。その前に、文楽界および、その養成システムについて、簡単に説明しておこう。
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