栗山監督はなぜ若手に慕われる指導者になれた? 二人の側近が驚嘆した「信じる力」に迫る

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「指導はコーチに」を徹底

 最も大切な言葉を監督が伝えない。日ごろから選手と近い距離で接しているコーチに託す配慮も栗山の繊細な監督術だと城石はつくづく感じている。従来型の指導者なら、自己アピールも込めて自らベンチを出て選手に耳打ちする。栗山監督は決してそうしない。

「日本ハム時代も、技術指導を栗山監督が選手にする光景は一度も見たことがありません。指導はコーチに任せる。監督はマネジメントに徹する。何人かの監督の下でコーチを務めてきましたが、そこまで徹底しているのは栗山監督だけです」

 選手とのコミュニケーションの前に、コーチとの強い絆と信頼がある。徹底してコーチに任せる。それができるのが栗山監督の類まれな才覚ともいえる。

 ところで、なぜあの場面で牧原の代打策を取り下げたのか? 城石は後日栗山から聞かされた。

「あの時、僕が『はい』と言うまでにちょっと間があった、と言うんです。それでバントは無理だなと理解したと。栗山さんはそういうところがすごく敏感なのです」

謎の采配に戸惑った場面

 さらに、WBCを振り返って「不思議でならない謎」があると城石が言った。

「日本ハムの監督時代から、栗山監督は“攻める監督”だとずっと感じていました。守備でも攻めの守りをするタイプ。ここが勝負だと思ったら、序盤でも積極的に代打を送るし、守備も交代させる。野手を扱う立場からすれば、ここで捕手に代打を送ったら後で交代で入った捕手がケガをした時、もう代わりがいませんよと思っても、栗山監督は気にしない。“誰かができるよ”みたいな感覚です」

 だからWBCでも、早め早めの準備を心がけて選手に声をかけていた。それが城石の役割だった。

 そんな城石が「謎だ」と言うのは、準決勝メキシコ戦の7回裏だ。メキシコに3点リードを奪われたまま、終盤に入った。重苦しい空気がベンチを覆っていた。先頭打者は捕手の甲斐拓也。初戦・中国戦で1本打って以来ヒットのない甲斐には当然代打だろうと城石は考え準備していた。ところが、栗山監督は甲斐をそのまま打席に送った。

「代打行かないのか?と思いました。いつもの栗山監督なら迷わず代打を出す場面です。結局甲斐は三振。2死から近藤健介がヒット、大谷が四球、吉田の3ランで追いつくのですが、自分は意味がわからなかった」

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