栗山監督はなぜ若手に慕われる指導者になれた? 二人の側近が驚嘆した「信じる力」に迫る
村上に代打を送らなかった舞台裏
城石にとって最も印象的な思い出のひとつはやはり準決勝メキシコ戦の土壇場。不振の村上宗隆に代打を送らず、信頼して打席に立たせた場面だ。直後に逆転サヨナラ二塁打が生まれた。WBC2023の感動を象徴するシーンと言っていいだろう。あの直前、城石はベンチで慌ただしく動いていた。
「ムネ(村上)の調子が上がっていなかったので代打もあるだろうと、牧原大成に準備をさせていました。『走者が2人出たら代打もあるよ。その時は送りバントだね』と伝えたら、牧原の表情が凍りつきました」
城石が、その時の自分の動揺を思い出したような硬い表情で教えてくれた。
「前の回に源田壮亮がスリーバントを決めました。でも、試合に出ていた源田でさえ相当なプレッシャーだったと見えた。代打で出て行く牧原の重圧を考えると……」
村上の打順に関して、大会中に栗山と城石の間でやりとりがあった。あえて軽い調子で城石が水を向けた。
「打順なんてそれほど意味はないですよね。監督は大谷翔平を1番で起用したくらいだから4番にこだわるタイプじゃないでしょ?」
城石は絶好調の吉田正尚を4番に据える方がチームにも村上にもいいだろうと考えた。ところが栗山監督は、村上の「4番」だけはなかなか譲らなかった。4番吉田、5番村上に変えたのは準々決勝のイタリア戦になってからだ。
「栗山監督は物腰も発想もやわらかい方ですが、芯には固いものがあるのです」
“なぜ自分が伝言を?”
メキシコ戦の9回裏、吉田が3ボールになった時、栗山が城石に聞いた。
「代打牧原、大丈夫?」
城石は、平然とした顔で「はい、行けます」と答えたつもりだった。ところが、実際に吉田が四球を選ぶと、栗山は別の決断をした。周東佑京を代走に送った上で、村上をそのまま打たせた。
「ムネに、『ここはお前に任せた。思い切り打って来い』と伝えて来て」
栗山は城石に言った。
「え?」、城石は戸惑った。代打でなく村上に託す決断に驚いたのと、それ以上に、
「それをオレがですかって」
自分が監督の気持ちを村上に伝えに行くとは、想像もしていなかった。その戸惑いだった。
「あとで考えたら、すごく重要な意味があったと思います。代打を送らなかった場合、何も伝えなくてもムネは打席に向かいます。でもきっと、バントのサインが出るんじゃないかと、三塁コーチをずっと気にするでしょう。打つことに集中できません。でも、『お前に任せた』とはっきり伝えたら、サインを見る必要がない。監督の言葉を伝えた瞬間、ムネにスイッチが入ったというか、雰囲気が変わったのを直感しました」
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