カンヌ脚本賞の坂元裕二氏 分岐点となった「Mother」(2010年)で考えるドラマ作品の特徴
純文学的な脚本家・坂元氏の真骨頂
それは、菅野美穂(45)が扮する弁護士が中学生のいじめ問題を調べるフジ「わたしたちの教科書」(2007年、全話平均世帯視聴率11.2%)のあたりからだろう。決定的になったのは日本テレビ「Mother」(2010年、同12.9%)に違いない。この作品を振り返ってみたい。
主人公は小学校の代用教師・奈緒(松雪泰子・50)。母親・仁美(尾野真千子・41)と恋人から虐待されていた教え子の怜南(芦田愛菜・18)を見過ごせず、誘拐し、わが子のように愛おしむ。
その思いは怜南にも伝わり、奈緒を母親と思うようになる。奈緒は実母の葉菜(田中裕子・68)と5歳の時に離ればなれになり、一時は児童養護施設で暮らした過去があった。
この類の設定なら、ほかの脚本にもあり得るかも知れない。だが、ここからの坂元氏の視点が独特で、真理を突いてくる。観る側は考えずにいられなくなる。例えば第3話。奈緒から葉菜への言葉だ。まだ奈緒は葉菜が母親とは知らない。
「親は子に無償の愛を捧げるって、あれ逆だと思うんです(中略)小さな子が親に向ける愛が無償の愛だと思います」(奈緒)
確かに、連ドラに登場する親は大半が温かく、真実味に欠けるが、実際には子供に愛情を注がない親も珍しくない。だから虐待が後を絶たない。半面、幼い子はどんな親であろうが例外なく頼り、愛情を抱いている。親のためになら、無心で一生懸命になる。坂元作品を観ていると、気づきがある。
人間を決して画一的に捕らえないのも坂元作品の特徴。3年後の2013年、同じ日本テレビの「Woman」(全話平均視聴率、13.6%)では、仁美とは全く違うタイプの母親・小春(満島ひかり・37)が登場した。夫に先立たれた後、女児と男児を育てていた。
だが、いくら働いても暮らせないので、生活保護を申請しようとする。けれど、断られる。現実の生活保護も「水際作戦」によって多くが門前払いになっていて、古くから問題視されている。
さらに小春は、難病の再生不良性貧血の診断を受ける。それでも働き続けたところ、症状が悪化。医師・澤村(高橋一生・42)に取り乱しながら訴えた。
「私がいなくなったら、あの子たち2人だけになります。7歳と4歳の子供2人だけになってしまいます。ダメなんです。ごめんなさい。死んだらダメなんです。あの子たちが大人になるまで、まだまだずっとかかるんです」(小春)
支離滅裂なところもあった小春の生々しいセリフが、シングルマザーの現実を考えさせた。シングルマザーに関するどんなニュースより重く感じられた。
広瀬すず(24)が扮する天涯孤独のハリカが疑似家族を形成してゆく「anone」と、松たか子(45)が主人公のとわ子を演じ、ミドル層の孤独や憂鬱などを描いた「大豆田とわ子と三人の元夫」も考えさせる作品だった。熱狂的なファンを生んだ。
刑事の鹿浜(林遣都・32)と警察署総務課職員の馬淵(仲野太賀・30)が、ともに2重人格の刑事・星砂(松岡茉優・28)を好きになってしまった「初恋の悪魔」では、人間の行いの善悪を考えさせた。行き場がなくなり、困っていた少女たちを救っていたリサ(満島ひかり)が、悪党呼ばわりされた件などである。
視聴率が高くならないのは仕方がない。近年、考えさせる作品が視聴率を獲れないのは、坂元氏に限った話ではないのだ。渡辺あや氏(53)が脚本を書いたフジ(制作・関西テレビ)「エルピス-希望、あるいは災い-」(2022年、全話平均個人視聴率3.5%、世帯6.3%)もそうだった。
平均世帯視聴率が29.0%に達した2013年版のTBS「半沢直樹」のあたりから、娯楽作が歓迎される風潮が高まっている。どんな作品を観ようが視聴者側の自由なのは言うまでもないが、懸念されるのは純文学的な作品、考えさせる作品が減っていること。現在、ほとんどない。
小説界と同じく、ドラマ界は大衆文学的作品も純文学的作品も大切にすべきだ。