カンヌ脚本賞の坂元裕二氏 分岐点となった「Mother」(2010年)で考えるドラマ作品の特徴
第76回カンヌ国際映画祭で、「怪物」(是枝裕和監督、6月2日全国公開)の坂元裕二氏(56)が脚本賞を受賞した。快挙だが、映像関係者で驚く人はいないだろう。坂元氏の脚本が国内最高峰であることは、誰もが認めているからだ。ところが、近年の坂元氏のドラマは不思議と視聴率が獲れない。どうしてなのか。
坂元作品が視聴率を獲らない理由
「怪物」は小学校での体罰事件を教師と子供、シングルマザーの視点から描いた作品。受賞を日本で知った坂元氏は、都内での記者会見で、「夢の中にいるような思いと、責任の重みを感じます」と語った。映画脚本は9作目だ。
映像関係者の間に坂元氏の受賞を不思議がる声はない。ところが、なぜか近年の連続ドラマの視聴率は低い。坂元氏が手掛けた連ドラ3作の全話平均視聴率を見てみたい。(ビデオリサーチ調べ、関東地区。2020年3月末までは世帯視聴率が標準指標)
〇2018年「anone」日本テレビ 世帯6.1%
〇2021年「大豆田とわ子と三人の元夫」フジテレビ(制作・関西テレビ) 個人3.4%、世帯6.1%
〇2022年「初恋の悪魔」日本テレビ 個人2.5%、世帯4.7%
なぜ、国内最高峰で世界も認める脚本でありながら、視聴率と結び付かないのか。それは坂元氏の作品の持つ純文学性にあると見る。坂元氏のカンヌ受賞後の発言にも、純文学性は表れている。
「大勢の観客に向けてではなく、どこかにいるであろう孤独に過ごしている誰かのために書きました」(記者会見時の坂元氏)
「怪物」は大衆に対して書いたのではなく、個人の救済のために執筆したというわけだ。まさに純文学である。
娯楽性に軸足を置く大衆文学に対し、純文学は芸術性を重んじる。さらに純文学は人間の内面を掘り下げ、読む側に生き方を問うてくる。芥川龍之介、三島由紀夫、大江健三郎らがその系譜にいる。
大衆文学と純文学に上下はないものの、どちらが広く読まれやすいかというと、大衆文学である。半面、純文学は長く読み継がれる作品が目立つ。
純文学は人生を変える1冊になりやすいものの、その分、読む側は腰を据えて読まなくてはならず、気晴らし程度の読書には向きにくい。テーマがずしりと重く、メッセージがあちこちにちりばめられているから、“ながら観”が難しい坂元作品と通じる。
そもそも坂元氏は、奈良育英高等学校(奈良市)時代から中上健次作品を読み耽っていた。中上健次は『十九歳の地図』(河出文庫)や『岬』(文春文庫)などで知られる純文学の人である。1992年に46歳で他界したが、生前はノーベル文学賞候補の1人とも言われた。
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