ガーシー容疑者に氏名・顔写真を晒され3週間、“ネットいじめ”を受けた「20代一般人」が擁護派に言いたいこと
家庭も崩壊寸前に
晒し行為が始まって以降、仕事に行けなくなった。毎晩、夜遅くに始まる東谷の配信にかじりつき、自分がどう晒され、拡散されていくかを確認した。いざ法的手段で反撃に転じる時のために、拡散した者たちのTwitterの投稿などもスクショで撮影。それは日中も続き、不眠状態になり心身はボロボロになった。
家族も一緒に怒り、心配してくれた。だが、自分たちに与える影響を考え、時に不安もこぼした。そんな一言に「なぜそんな言い方をするんだ」と当たり散らし、一時期、家庭は崩壊寸前にまで追い込まれた。
眠れない夜は外で走り続けた。無心になって体を動かすことで一時的に頭がスッキリする。体を疲労させることで束の間の睡眠にもありつけた。だが、目が覚めると再び悪夢のような現実に引き戻された。
Aさんを追い詰めていたのは「次に何が来るか」であった。
「若い頃にヤンチャをしていたので、突かれたくない過去はたくさんありました。これまで自分と関わった人が東谷にあることないことタレ込むのではないかと考えると、不安で仕方なかったのです。触れられたくない過去は、多かれ少なかれ誰にだってあるんじゃないでしょうか」
やり場のない怒りを東谷に対してもInstagramのDMで直接ぶつけた。返ってきた返事は、《ま、頑張って! 海外いる人間にどこまで何ができるか知らんけどw がんばりやー》。
空港までぶん殴りに行こうと思った
ほとんどのマスコミにも黙殺された。国会議員による明らかな不法行為を何十万人もの人たちが目撃していたにもかかわらず、誰も止められなかった。では、どうやって絶望の日々を乗り越えたのか。
「時間ですね。3週間くらい経つと東谷は別の人にターゲットを移し、僕への攻撃は収まりました。そうしていざ冷静になってみると、周囲の理解者は誰もアイツの言っていることを信じていないことが分かってきた。けれど、僕の名前と顔は今もネット上に『デジタルタトゥー』として残されたままです。もちろん、今も怒っていますよ。絶対に許せない。今回は間に合わなかったけど、3月に国会に呼ばれて帰ってくると言っていた時は、空港まで行ってぶん殴ってやろうと本気で考えていたくらいです」
世の中を絶望した気持ちは今も変わりない。
「おかしいですよ、この社会は。スシローの“ペロペロ高校生”だってそうでしょう。もちろん、彼のやったことで甚大な被害が起きたのは事実で、子供といえども責任を取るべき話なのはわかる。けれど、名前と顔を拡散し、将来をも奪う“公開処刑”に処すほどの罪だったのか」
[2/3ページ]