【叡王戦】藤井六冠が「指し直し2回」の末に菅井八段を破り防衛 印象深い5年前にもあった「千日手」の名対局

国内 社会

  • ブックマーク

恩師との対決でも千日手

 かつて藤井の対局で、印象深い千日手があった。

 2018年3月、当時15歳の藤井が師匠の杉本昌隆八段(54)と公式戦で初対戦した王将戦の予選だ。この対局が千日手となり指し直した結果、藤井が勝利して恩師に「恩返し」をした。

 記者会見で杉本八段が、初手を指すまでに3分ほど時間をかけたことを問われ、「私は19歳の時に師匠(板谷進九段=1940~1988)を亡くしていて、いろいろな人への感謝の気持ちがこみ上げてきてしまいました」と声を詰まらせた。勝負に負け、非常に悔しそうにしていたのが印象的で、テレビでもおなじみの温厚紳士の勝負師としての本当の姿を感じたものだ。

 千日手になりそうになると、「優勢に進んでいるから千日手にならないように打開したい」とか、あるいはその逆だったり、また「打開しようとすると局面が悪くなるから千日手に持ち込もう」「先手番で戦い直したい」など、棋士の思惑が絡む。

 今回、菅井は2度目の指し直し局について「『5八飛車』のところは千日手にすべきだった」と振り返っていた。3度の千日手になることを遠慮してしまったことも悔いていたのだ。実は、「8八角」と引けば3度の千日手になる可能性もあった。それを菅井は、解説陣も驚く「5八飛車」で打開したが、そのあたりから局面が悪くなった。

 それにしても、どんな不測の事態が起きても決して動じずに勝ち切る藤井には敬服するしかない。これで2人の対戦成績は藤井の8勝4敗。今回、菅井は敗れ去ったが、明らかに優勢だった3局目を土壇場で逆転されなければ、その後どうなったかわからない。菅井はまだ31歳と若い。

 今後、将棋界での「藤井聡太vs菅井竜也」が、かつての「大山康晴(1923~1992)vs升田幸三(1918~1991)」あるいは「中原誠vs米長邦雄(1943~2012)」や「羽生善治vs森内俊之」のように、将棋ファンを魅了した好敵手物語を作ってくれることを望みたい。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。