「彼女は僕の心を浄化してくれたのかもしれない」 43歳男性が不倫相手に感じた“同じ匂い”の正体

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「匂い」に惹かれて

 ただ、空虚なのに重い。そんな塊は消えてはくれなかった。そして3年ほど前、街で知り合ったのがタマキさんだった。彼女が夜の街で男に殴られ、倒れたところへたまたま通りかかったのだ。

「恋人にだまされて風俗に売られそうになったところだったそうです。聞いてみると彼女はとてもいい企業に勤めている。それなのにどうしてと思ったんですが、『彼には私がいないとダメだとずっと思ってた。だけど彼、結局まっとうに生きる気なんてなかった』って。さすがにもう彼とは縁を切ると言っていました。それからなんとなく彼女と会うようになったんです。僕と同じ匂いがする。そう思った」

 それとなく過去を尋ねてみると、やはり彼女も親との縁が薄かった。どんなにがんばっても、心の底にやりきれないものを抱えている人間に共通する「匂い」があったと彼は言う。

「恋愛関係ではなかったと思う。お互いの空虚さを確かめ合うような感じで、どんなに体を重ねても話しても、埋めることができないものがあると確認しあうだけ。それでも会わずにいられなかった」

 40歳を過ぎた亨治さんと一回り下のタマキさんとの間には、ふたりにしかわからないものがあったのかもしれない。だが埋めあうことはできなかった。会っているうちにそれぞれのネガティブな部分が増大していった。

「ふっと魔が差す瞬間がありましたね。このままふたりで死んでしまおうかって。なんだろう、彼女といるととにかくネガティブな気持ちになる、そしてそれが心地いい。昼間、会社にいるときは精力的に仕事をこなしているし、家に帰れば子どもたちの話を聞くのが楽しかったのに、彼女の顔を見ると過去に引っ張られるように気持ちが沈んでいく。彼女は『あたしはこの世に未練はないから』といつも言っていました。話の流れで、じゃあ、死んでしまおうかと言ったことがあるんです。ただ、その言葉が口から出た瞬間、いや、違うと思った。彼女は目を輝かせて『そうしよう』と言ったけど、僕の年齢からくる分別がそれをよしとはしなかった。その後、彼女に少なくて申し訳ないけど、これで憂さ晴らしでもしてほしい、もう会えなくてごめんと100万渡しました。彼女はあっさり受け取って『バイバイ』と去っていきました。それほどの執着はなかったみたいだから、ホッとしました」

 彼女とは1年ほどのつきあいだった。濃い時間を過ごしたと思っていたが、別れてみると何も残ってはいなかった。ただ、今思えば、彼は彼女とともに過去を浄化したのかもしれないという。

「バブル崩壊時、頭を下げる母を殴った男たちのこととか、その後、母が水商売で働いていたときに酔って男に送られてくる光景とか、実はああいうことが僕の心に巣くっていたんでしょうね。タマキと一緒にいるとお互いのマイナスがくっついてプラスになるような気がしてた。結局、タマキは僕の心を浄化してくれる天使だったのかもしれない。今はそう思っています」

 タマキさんとの別れを決断して家に戻ったとき、ただいまと言った彼の顔をじっと見て、紗良さんは「お帰りなさい」と顔を寄せてきた。それまでそんなことをしたことはなかったのに。

「紗良は知っていたんでしょう、僕の心が家庭にない時間があることを。でも彼女はすごいです、まったく疑うそぶりも見せなかった。1年近く、いつもと同じように過ごしていた。世間知らずのお嬢さんだと思っていたけど、彼女は世事には疎くても人の心を知っていた」

 これからは家庭と仕事だけを信じていこう。亨治さんはそう決めた。今も自分の住む世界ではないところに住んでいるような違和感がないわけではないが、ここに少しでもなじんでいくのがこれからの人生の目標だと穏やかな笑みを浮かべた。

前編【両親は離婚、ヤングケアラーで大学進学も断念…ある日わかった母親の本性に絶句した43歳男性の告白】のつづき

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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