「彼女は僕の心を浄化してくれたのかもしれない」 43歳男性が不倫相手に感じた“同じ匂い”の正体

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前編【両親は離婚、ヤングケアラーで大学進学も断念…ある日わかった母親の本性に絶句した43歳男性の告白】のつづき

 地方の裕福な家庭に生まれ育った井上亨治さん(43歳・仮名=以下同)の人生は、バブル崩壊によって一変した。両親が離婚し母の実家に引き取られると、病弱の祖父を抱える一家の“ヤングケアラー”として中高時代を過ごす。大学進学を諦め地元の中小企業に勤めたものの、祖父母が相次いで亡くなり、そして母は妊娠・再婚し彼の元を去る。楽しみもなく頑張ってきたわが身を思い「割り切れないものが残りました」と亨治さんは当時を振り返る。

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 亨治さんは、その後も淡々と暮らしたが、25歳のとき、突然、社長に「見合いをしてみないか」と言われた。

「自分が結婚する年齢になっている実感がなかったから、びっくりしました。相手は社長の友人の娘さんだと聞かされました。僕より2歳年上だけど、2歳くらいどうってことないだろ、とにかく会うだけ会ってみてくれないかと。あとから考えれば、おそらく社長はその友人に何か借りがあったんでしょうね。なかなか結婚しない娘の相手を見つけてほしいという要求を断り切れなかったんだと思う。でも話を聞いたら、彼女は大卒。高卒の僕と結婚しようと思うはずがないから、社長の望み通り会うだけならと返事をしました」

 ところが人生はわからない。亨治さんは彼女の父親にいたく気に入られたのだ。娘は父の言いなりだった。そして26歳のとき、亨治さんは紗良さんと結婚した。と同時に妻の家に婿養子に入り、義父の経営する会社で働き始めることとなった。

「僕を送り出すとき社長は『きみを手放すのは本当に惜しい。だけどあちらの家でもがんばってほしい』と。社長も本当は僕が気に入られるなんて思っていなかったみたい。でもわからないものですよね。義父は『学歴なんて関係ない。人間は地頭だ』というタイプだった。僕の地頭がいいとは思えないんですが、買いかぶってもらったんだからがんばろうとは思いました」

 互いを理解しあって結婚したわけではなかったが、紗良さんは「とてもいい子」だったと亨治さんは言う。中学から大学まで女子校で、独身時代は父親の会社で経理の手伝いをしていたくらいだから世間をあまり知らない。妹がふたりいる三姉妹の長女で面倒見がいい。

「びっくりしたのは彼女、僕が初めてだったんです。男とつきあったことがなかったと。僕だって女性に慣れているわけではなかったけど、彼女のあまりの初心さには最初、どうしたらいいかわからないくらいだった」

 キスの仕方から教えたと亨治さんは真っ赤になりながら言った。性的なことを教えるほどの経験はなかったが、「嫌らしい言い方をすると、僕だけの女性、僕好みの女性になってもらえるという喜びはあった」と本音を洩らした。ふたりで協力しあって経験を積み重ねていくうちに3人の子に恵まれた。

「義父も僕を特別扱いするわけではなく、ひとつずつ仕事を積み重ねていくよう仕向けてくれました。周りも最初は“社長の娘婿”という目で見ていたみたいですが、そもそも僕はそれほど自己主張の強い人間でもないし、社長の娘婿だからといって威張る理由もないので、ごく普通に仕事をしていました。そのうち周りも単なる社員として受け入れてくれるようになりました」

恵まれすぎて嫌な予感…勘は当たって

 不満のない生活だったが、平穏無事な環境にいると少し不安になってきたと亨治さんは言う。かわいい我が子の笑顔に迎えられる生活をしていると、こんなに安定していていいはずがない。いつか何かがやってくるという思いにとらわれた。

「当たるものなんですよね。3人目が産まれたころ、突然、母親から連絡があったんです。結婚することは伝えていたけど、母は反応しなかった。それなのに10年ほど前、急に連絡を寄越して離婚した、と。母には愛憎半ばするところがあったので、どうしようかと思って妻に相談したんです。すると妻は『かわいそう。うちに来てもらえば』って。すぐにそう言ってしまうのが紗良のいいところでもあり悪いところでもある。乳飲み子もいる家庭に、あの母親を引き取る気になんてなれません。しかも10年以上も音信不通だったのに。がんばって育ててもらった恩はあるけど、だからといって再婚すると出ていった母を僕がめんどうみなければいけないとは思えなくて。妻は『それは冷たすぎるんじゃないかしら。仮にも親でしょう?』って。彼女は親子仲もよかったから、僕の葛藤なんてわかるはずもないんですよね。やっぱり住む世界が違うのかなと思った記憶はあります。だからといって紗良に悪い感情をもったわけではありませんが」

 妻に促されて、亨治さんは母に会った。母は「子どもは再婚相手にとられた」と泣いていた。やつれ果てた母に同情の気持ちがわき、彼は近所にアパートを借りて母を住まわせることにした。義父がグループ会社の清掃員として母を雇ってもくれた。

「ありがたかったけど、義父にも妻にもどんどん借りがたまっていく。そんな気持ちでした」

 反発とは違う。どこか後ろめたいような、わけのわからない荷物を背負わされたような妙な気分だった。子どもたちが育つ環境としては最高だったし、妻にも大きな不満はない。だがやはり、ここが自分の居場所とは思えない「何か」があった。それでも彼はがんばった。妻や子どものために、そして自分自身の人生を構築するために。

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