【名人戦第4局】「置いてきぼりの銀が泣いている」の渡辺名人に藤井六冠が異例の圧勝
将棋の第81期名人戦七番勝負の第4局が5月21、22の両日、福岡県飯塚市の「麻生大浦荘」で行われ、挑戦者の藤井聡太六冠(20)が69手という短い手数で渡辺明名人(39)に勝利。通算成績を3勝1敗とし、史上最年少名人と2人目となる七冠の「ダブル奪取」に王手をかけた。名人戦4連覇を目指す渡辺が防衛するには、残り3連勝するしかない。かつての三冠が無冠に落とされるピンチに陥った。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
【写真】渡辺名人の「すき焼き御膳」とは対照的に、藤井六冠はさらっとした「鯛茶漬け」を選んだ
初日の激しい展開
先手は藤井。いつものようにお茶を飲んで初手「2六歩」と指した。渡辺は「3四歩」と角道を開けたが、4手目で角道を止め、角交換を拒否。居玉のまま「雁木」の形に進めた。「居飛車」の藤井は、早々に銀を中央に繰り出して急戦を狙う。
藤井は「2六」に飛車を浮かせる27手目などを長考して指し、1日目の終了時には渡辺よりも1時間ほど持ち時間を消費していた。午後5時10分頃、渡辺は38手目に57分をかけ、藤井玉の近くの「8八」に歩を打ち込んだ。対する藤井は6時半になるまで指さずに「封じ手」とした。初日としてはかなり激しい展開で、封じ手に1時間19分もかけた。
2日目の午前9時、立会人の深浦康市九段(51)によって開封された封じ手は「7七桂」。深浦九段が予想していた通りだったが、渡辺が打ち込んだ「8八歩」は放置しておくと「と金」を作られてうるさくなるので、「同角」として取ってしまう選択肢もあった。藤井の「7七桂」に「同桂成」「同銀」と激しくなった。さらに渡辺は桂馬を「6五」に跳ねて攻めを続けた。
さて、一晩預かった封じ手の封筒を紛失しては一大事。万が一に備えて予備がもう一通あるとはいえ、立会人としては恥ずかしい事態になってしまう。無事に開封した深浦九段は、その後、ABEMAの中継で「SF映画でトム・クルーズが恐ろしい泥棒をやっていたのを見たことがある。(ホテルの)部屋にトム・クルーズが潜んでいないか調べました」などと話して笑わせた。
44手目で急展開
指し手の数はゆっくりしたペースだが、渡辺が居玉のまま戦うなど、双方ともしっかり玉を囲っていないこともあり、早くから急戦模様だった。2日目は終始、渡辺が攻め、藤井が受ける展開。渡辺は44手目で80分の長考の末に「8六角」とした。だが、ABEMAで解説していた郷田真隆九段(52)は「意外です。藤井さんは『9六香』が本筋と考えていたでしょう。渡辺名人の真意がちょっとわからない」と首を傾げた。
それまでABEMAのAI(人工知能)評価値に大きな差はなかったが、郷田九段の懸念通り、渡辺の評価値はガクッと下がり、勝率32%になった。居飛車のままの渡辺玉は、藤井に角が入ると王手飛車がかかる危険もあった。
昼食前の47手目に藤井が「8三歩」と飛車に歩をぶつけ、渡辺は再び長考に入る。昼食時間を除いて114分もの長考の末、「同飛」と取った。この大長考で藤井との持ち時間が逆転した。藤井がさらに「8四歩」で飛車を取りに来る。渡辺はこれを無視し、藤井玉を隣で守る銀の頭に「8七歩」と打ち込む勝負に出たが、藤井は玉の上部の守りが薄くなるので「同銀」としそうなところを「同玉」とした。
ちなみに昼食は、渡辺は「すき焼き御膳」をしっかり食べたのに対し、藤井は「鯛茶漬け」とあっさりした食事を選んだ。午後のおやつも、渡辺はボリュームのあるマンゴープリンを食べたが、藤井はオレンジジュースだけだった。藤井は基本的に、2日制の対局の2日目の午後のおやつは飲料だけを注文するようだ。
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