「枯れた技術」を使って新しい市場を作り出す ――宮本彰(キングジム社長)【佐藤優の頂上対決】

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 デジタル化やリモートワークなどオフィス環境が大きく変わる中、次々とユニークな商品を開発してヒットを飛ばすキングジム。コロナ禍で広まった非接触型消毒器「テッテ」もその一つだが、それらのアイデアはどのように生み出されてくるのか。「町の発明家」のDNAを受け継ぐ4代目社長の経営術。

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佐藤 キングジムの製品には、たいへんお世話になっています。数えてみたら、資料整理のためのファイルは200冊ちょっと、またクリアーファイルも100冊はありました。

宮本 ありがとうございます。

佐藤 それから「ポメラ」は、キーボードがスライドして開くタイプと、観音開きのタイプの2台を持っています。

宮本 日頃、お使いになっているのですか。

佐藤 もちろんです。仕事として原稿を書く者にとっては、画期的なツールです。書くことに集中できる。パソコンを使っていると、どうしてもネットを見たり、メールを確認したりしてしまいますから。

宮本 通信機能がないのが、みなさまに支持されているところです。デジタルメモと言っていますが、キーボードにモノクロ液晶画面をつけただけの商品で、書くことしかできません。ネットにつながらないので、ウイルスチェックなどの必要がなく、すぐ起動し、すぐ閉じられます。

佐藤 バッテリーも長持ちしますね。

宮本 昨年、4年ぶりに発売した新モデル「DM250」は、約24時間持ちます。この最新機種も是非ともお使いいただきたいです。

佐藤 日本語入力システム「ATOK」を採用していることも、気に入っている理由の一つです。基本的に原稿は「一太郎」で書いています。つまりATOKです。やはり日本で独自開発したATOKが、日本語を書くには非常に使いやすい。

宮本 ポメラにはポメラ専用に最適化されたATOKが搭載されています。

佐藤 これまでにどのくらい売れたのですか。

宮本 2008年に発売してから、累計で35万台を超えています。

佐藤 どんな分野の製品でも多機能化が進む中で、それに逆行し機能を減らした製品がよく商品化されましたね。

宮本 ポメラは社内でも非常に評判の悪い商品だったんです。弊社には月に1度、新製品のアイデアを商品化するかどうかを決める開発会議があります。そこでも悪口ばかりでボツ寸前でした。ただ当時の社外取締役が「こういうものがあったら、僕にとってどれだけ便利になるかわからない」と発言されたんですね。

佐藤 それは日々原稿を書いている人の視点ですね。

宮本 ええ、その方は執筆活動も多くされ、海外出張の際も飛行機の中でパソコンを開いて書いていらっしゃる。でもパソコンはかさばるし、重いし、バッテリーも気にしなくてはならない。だから「こんな商品があるのだったら、いくら出しても買う」とおっしゃった。

佐藤 飛行機や新幹線の中では、より強みが発揮できます。

宮本 ええ。そのご意見を伺って、私は買わないけれども、そういう人もいるんだと思った。だから反対意見が圧倒的でも、その方のお話に乗ってみることにしたんです。そうしたらヒット商品となった(笑)。

佐藤 宮本社長は商品開発において、「10打数1安打でいい」とおっしゃっているそうですね。

宮本 ポメラの前にもそうした傾向はありましたが、このヒットで決定的になりました。ポメラのように世の中になかった商品なら、9品ダメでも10品目にヒットすればそれまでの損をカバーして十分な利益が確保できます。競合相手がなく、価格も自由につけられますから。

佐藤 それまで存在しなかった市場を作り出す。ブルーオーシャンを目指した商品開発をされているのですね。

宮本 その通りです。だから私は基本的に開発会議でダメとは言いません。社長は商品開発については「イエスマン」でいいと考えています。

佐藤 毎回、会議にはどのくらいの新商品案が出てくるのですか。

宮本 3~4案ですね。すでに開発部内で精査されたアイデアですから、約9割は商品化されます。ダメ出しはめったにありません(笑)。売れるか売れないかはわからない、でも売れるつもりで出しましょう、というのが私のスタンスです。

佐藤 主力商品である「テプラ」もそうでしたか。

宮本 テプラも弊社の発明品で、それまでになかった商品です。やはり企画段階では反対が多かったですね。まだ私が専務だった1988年の発売で、2018年に累計で1千万台を超え、現在も売り上げの半分近くを占めています。

佐藤 それまではファイルの会社でした。

宮本 はい。開発が始まったのは、ちょうどパソコンが出始めたころです。いずれは紙がなくなる、ペーパーレス時代になると言う識者がたくさんいました。このため、いつまでもファイルに頼っていては会社が立ち行かなくなるという不安が社内で高まっていた。そこで新商品の開発が始まったのですが、どうせやるなら、ファイルの敵と思われる電子機器で何か文具が作れないか、ということになったんです。

佐藤 敵を味方につけるような発想ですね。

宮本 ファイルの背に、テープに印刷したラベルを貼ったら、見栄えよく並べられると考えたのが始まりです。もちろんその用途を中心に広まりましたが、当初はビデオテープの背にタイトルを貼るのに、ものすごく使われましたね。

佐藤 工夫すれば、値段表やメニューなど、それまで印刷業者や看板業者に頼まなければならなかったものまで自宅で作れるようになりました。

宮本 手書きだったものが活字になり、スッキリ整理できるようになった。情報の整理という点ではまさに弊社らしい商品です。当時、私はテプラの開発の「Eプロジェクト」を任され、何とか成功にこぎ着けました。その後すぐに社長に就任しましたから、「テプラ社長」と呼ばれましたね。

佐藤 文具メーカーから電子機器も扱う総合事務機器メーカーになりました。会社としても転換点になりましたね。

宮本 はい。このテプラと先のポメラは、会社の方向性を作り出した大きな商品だと思っています。

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