【名人戦】藤井六冠が逆転負け 渡辺名人にとって第3局がどれほど重要だったか

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最終局面の一手に93分かけた渡辺

 女流タイトルの獲得合計9期の実績を持つ加藤三段は、最終局面の次の手として「3三角」を提唱した。AIもこれをベストとしていたが、渡辺の手はぱたりと止まり、この手を指すのに93分かけていた。

 対局後、渡辺は「1分でも指せる手だったんですけど、やはり自玉もかなり危ないんで……」と念には念を入れていたことを明かした。実際、藤井の王手に対して渡辺玉の逃げ方は一つしかなかった。少しでも間違えれば土壇場で逆転されることもありえたのだ。

 勝利には藤井が1分将棋になりかけていた時、渡辺が時間を多く残したのも大きかった。だからこそ土壇場で93分もかけられた。

大盤解説場に渡辺と藤井に来てほしかった

 決戦は3月に落成したばかりの高槻城公園文化芸術劇場で行われた。ちなみに、大阪市福島区にある関西将棋会館は、来年、高槻市に移転する。高槻市は京都と大阪の中間点で、濱田剛史市長が将棋好きなこともあり「将棋で町おこし」に猛然と力を入れている。

 今年この高槻で、藤井にとって大きな対局が2つあった。1月に羽生九段の挑戦を受けた王将戦、そして今回の名人戦だ。土地の相性が悪いわけではないだろうが、藤井は2局とも敗れている。

 大盤解説場には2人の熱戦を見守るべく1500人が集まった。「俺、熱烈な藤井ファンやねん」という中年男性に、「藤井は来るんか?」と訊かれ、取材要項に「対局者の登壇はありません」とあるのを伝えた。そうすると「なんだ、大盤解説場には来てくれないんだ」と言い残して終局前に帰ってしまった。「えーっ、なんや、藤井君も渡辺名人もきーひんの」とがっかりする年配女性もいた。

 最近は、終局後に対局室で報道対応した後、棋士らが大盤解説場に登壇してファンに挨拶したり大盤で対局を振り返ったりすることが多い。抽選に当たって駆け付けたファンもそれを楽しみにしている。だが、藤井対羽生の王将戦でも大盤解説場に2人は現れなかった。対局場が郊外の老舗旅館だったため、移動に時間もかかるので仕方ないと、その時は筆者も思っていた。

 高槻市観光協会の幹部は「ファンが希望しているし、大盤解説場に登壇してほしいということを実行委員会に申し出ていましたが、『名人戦は終局が夜遅くなることも多いので、そういうことはしない』で押し切られました」と打ち明ける。主催する朝日新聞社、毎日新聞社、日本将棋連盟の意向だろうが、ファンはがっかりしていた。

 第4局は21、22の両日に福岡県飯塚市で行われる。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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