変わりゆく保険業界で「主体性」を持つ社員を育む――舩曵真一郎(三井住友海上火災保険社長)【佐藤優の頂上対決】
多様な視点を持つ
佐藤 保険の役割はリスクの低減ですが、新しい保険の設計や保険の枠を超えた事業など、守備範囲が相当に広がった感じですね。
舩曵 新しい技術が生まれれば、そこに新たなリスクも生じ、それを低減するニーズが出てきます。またコロナのような感染症が出てきたり、ウクライナのように地政学的なリスクが高い場所もあったりする。私どもはそれらを把握して対応していかなければなりません。そのために必要なのは、多様な視点だと考えています。
佐藤 現在、どの企業でもそれは大きな課題となっています。御社ではどんな取組みをされていますか。
舩曵 いろいろな業界から私どもの会社に来ていただいたり、私どもの社員を出向させたりしています。また、スタートアップの人たちとも数多く付き合うようにしていますね。やはり保険会社の社員だと、何をするにも保険の枠組みの中で役に立つことを中心に考えてしまいますから、私どもが持つ情報がどんな価値を生むかということに関心が低かったのです。
佐藤 これからはそれで通用しなくなるということですね。
舩曵 最近は、一度辞めた社員にも声を掛けているんです。アルムナイ(定年退職以外の退職者)の組織を作って、彼らの退職後の進路や悩み事を聞くなど、交流を深めています。これは辞めた人に戻ってもらうことに加え、転職先の新しい会社などで彼らが身に付けた弊社とは違う価値観やカルチャーを共有したいのです。日本の上場企業では、いまも新卒で入社して定年まで同じ会社にいる割合が高い。それは一つのことを突き詰めるにはいいのですが、視野に入らないことが数多く出てくる。そこを解消することが、組織を強くしていくことになると思います。
佐藤 一方、社内では事業のアイデアを広く募ってコンテストを行っていますね。
舩曵 2018年から「サステナビリティコンテスト」を開催したり、その翌年からは「デジタルイノベーションチャレンジプログラム」を作りデジタル化のアイデアを募集したりしています。先に紹介した「被災者生活再建支援サポート」も「ドラレコ・ロードマネージャー」も、デジタルイノベーションチャレンジプログラムから出てきた事業です。その審査員は外部の方にお願いしているんです。たぶん弊社の役員が審査していたら、それらは選ばれなかったでしょうね(笑)。
佐藤 会社にはそれぞれ文化がありますから、それによる限界がある。
舩曵 審査員には自治体勤務の経験者や、自治体のコンサルティングをされていた方がいらっしゃる。彼らがその情報には価値があるということを指摘し、選ばれたという経緯があるんです。
佐藤 まさに多様な視点が事業を広げたわけですね。
舩曵 また、この会社を選んで入り、そこで成果を出していこうと考える人たちへの環境作りにも力を入れています。経営者には将来を予測し、社員に明確に示す責務がありますが、その将来に向け必要な知識やスキルを身に付けてもらうのです。
佐藤 いわゆるリスキリングですね。
舩曵 はい。それを行うために各種学校を回ったのですが、一企業のために特別研修コースを作るのはなかなか難しいんですね。それで新設学部なら比較的、先生も教室も空いているだろうと、できたばかりの東洋大学情報連携学部(INIAD)に相談したんです。そうしたら快く引き受けてくださった。学部長の坂村健先生の講義は非常に面白く、これなら社員が真剣に聞くだろうと思いました。
佐藤 坂村先生はトロン計画で知られる、日本のコンピューター学者の草分け的存在です。
舩曵 そうした経緯で1校目が決まりましたから、新設大学や学部を探す方がいいと考え、2校目は京都先端科学大学(KUAS)にお願いして、講座を作ってもらうことになりました。そして3校目は現在、開学準備中のコ・イノベーション・ユニバーシティ(飛騨高山大学)に出資して、今後の当社事業に生かすよう、連携を深めていくつもりです。
佐藤 それぞれどんなことが学べるのですか。
舩曵 INIADはもちろんデジタルです。KUASは、ニデックの永守重信会長肝いりの学校で理事長も務められていますから、モーターなどEV(電気自動車)関係やIoT、ドローンなどですね。
佐藤 どのくらいの規模で行うのですか。
舩曵 中期経営計画(2022-25)の期間で約千名を目標にしています。さらに、今年4月からは原則として転勤のない総合社員約5千名を対象に、大学などで学び直しをする費用を支援する制度も始めました。こちらは、3年で3千名を目標にしています。
佐藤 すごい数ですね。いまは人材不足で外部に人を求めるのが難しいですし、今後も人口減少は止まりません。中長期的に社内の人材を育成活用していくことが不可欠です。
舩曵 その通りで、いまは若い人を雇用するのが非常に困難です。その一方で災害などの保険金の支払い件数が増え、現場の労力は何倍にもなっている。しかも保険金の不正請求も増えています。人が足りず、日々の業務だけでも大変なのに、それにも対応しなければなりません。
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