女子レスリング・川井友香子が68キロ級へ階級変更 減量苦ではない事情を金浜コーチが語る

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 五輪連覇を目指す女子レスリングの川井友香子(25=サントリービバレッジソリューション)が、6月15日から東京体育館で始まる全日本選抜選手権(明治杯)に、従来の62キロ級から68キロ級に階級を変更してエントリーした。友香子は姉の金城(旧姓・川井)梨紗子(28=同前)とともに、東京五輪の大舞台でレスリング史上初めての「姉妹優勝」を果たした。2024年のパリ五輪で「姉妹そろっての連続優勝」の期待もかかる中での階級変更は、どんな影響があるだろうか。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

階級変更の成功例と失敗例

 レスリングやボクシング、柔道など階級制の格闘技では、どのクラスにエントリーするかが選手にとって大きな課題になる。荒っぽく言えば、下の(軽い)階級に行けばパワーは落ちるがスピードが上がる。階級を上げればその逆だ。

 自身の力が発揮できる体重が大会とマッチしないこともある。特に五輪は、国内大会や世界選手権より階級の数が減る。レスリングは男女とも世界選手権は10階級あるが、五輪は6階級に絞られるのだ。レスリング界では五輪にはない階級を「非五輪階級」と呼び、そこで優勝した選手たちは何とか五輪階級に体重を近づけようとする。

 例えば、女子51キロ級などで世界選手権8度の優勝に輝いた小原(旧姓・坂本)日登美(42=自衛隊体育学校)は、階級がうまく合わず五輪出場の機会になかなか恵まれなかった。そのため48キロ級に変更し、31歳でようやく2012年のロンドン五輪代表に選出、涙の金メダルに輝いた。

 だが、階級変更には大きなリスクがある。最近、これで泣いたのが、男子フリースタイルの樋口黎(27=日本体育大学)だ。2016年のリオデジャネイロ五輪57キロ級で銀メダルを獲得し、その後、65キロ級に階級を上げた。

 2019年の全日本選抜選手権で65キロ級に出場した樋口は、前年の世界選手権で優勝した乙黒拓斗(24=自衛隊体育学校/東京五輪同級金メダル)に勝利し、優勝を飾った。その後、乙黒に敗れて世界選手権代表の座を奪われたため、再び階級を57キロ級に戻したが、東京五輪の予選の一つだったアジア選手権では50グラムオーバーで計量失格となり、高橋侑希(29=綜合警備保障)とのプレーオフにもつれて敗れて晴れ舞台を逸した。

 さらに「筋肉の塊」ともいえる選手が減量するのだから、壮絶な食事制限とハードワークになる。樋口は高橋との試合中も減量苦の影響がありありだった。階級変更とはこれほどに難しく、酷なのである。樋口は昨年の世界選手権61キロ級で優勝したが、この階級は非五輪階級だ。

 どうしても勝てない選手の存在によって選手が階級を変えることもある。モントリオール五輪(1976年)の金メダリスト・高田裕司氏(69=日本レスリング協会元専務理事)の全盛期には、「あの男がいる限り優勝できない」と海外選手が無理をして階級を変更し、対戦を避けていたと言われる。伊調馨(38=ALSOK/五輪4連覇)や吉田沙保里(40=同3連覇)の全盛時代も同様だったかもしれない。

五輪からの復帰後は連敗

 レスリング姉妹に戻ろう。石川県生まれの友香子は、姉の梨紗子や伊調、吉田、土性沙羅(28=東新住建)らを育てた名門の至学館大学(愛知県大府市)の出身。同大学の栄和人監督(62)に鍛えられてめきめき強くなり、2019年の世界選手権で3位に入り、東京五輪の切符を掴んだ。大会が延期された間にも力をつけ、最高の舞台で姉と共に優勝に輝いたことは周知のとおり。

 東京五輪後に結婚した梨紗子は、昨年5月に女児を出産しながらも、同年12月の全日本選手権(天皇杯)で見事に復活優勝を遂げている。首尾よくパリ五輪代表となって優勝すれば、吉田に並ぶ3連覇となる。

 一方、友香子は、東京五輪の後、怪我での休養を経て登場した昨年6月の全日本選抜選手権で、新鋭の尾崎野乃香(20=慶応大)に1対3で敗れた。この時は復帰したばかりということもあってか、敗戦に落ち込む様子はあまり見られなかった。ちなみに尾崎は、同年の世界選手権で優勝を飾った。

 さらに昨年12月の全日本選手権でも、前年の世界選手権59キロ級3位の元木咲良(21=育英大)に完敗を喫した。

 現在、友香子を指導する金浜良コーチ(56)は、階級変更の理由についてこう語る。

「減量苦ではなく、ライバル選手のレスリングのスタイルへの対策でした。尾崎選手も元木選手も低くタックルに入ってくるタイプで、腰を痛めていたこともあって友香子選手は苦労していました。彼女は『自分より長身の選手の相手ほうがタックルなど攻撃がしやすい』と話していて、あれこれ2人で技を改善しながら検討した結果、68キロ級にエントリーして挑戦することにしたのです」

 川井姉妹は東京五輪を前に、62キロ級で戦っていた姉の梨紗子が57キロ級に落としてエントリーし、妹の友香子は62キロ級にエントリーした。当時、「姉が妹のために階級を変えた」とも言われていた。

 梨紗子は「友香子より私のほうが体重を落としやすかった」と話しながらも、「もともと私が戦っていたのは57キロ級だったので、そこで勝負したかった」と強調し、「妹のための階級変更」を否定。「体重を落とすことはあまり苦労しない」と語っていた。

 いずれにせよ、姉妹の同一階級でのバッティングは回避された上、これで2階級の差がついたことになる。確かに2人を見ていると、姉に比べ妹のほうが身体が大きくなってゆく印象ではあった。

 梨紗子は現在、元レスリング選手の夫・金城希龍さん が教員を務める福井県敦賀市を拠点にし、子育てをしながら敦賀気比高校で男子選手と練習する日々が続いている。一方、友香子は、拠点を至学館大学のある愛知県から東京に移し、社会人になってからの姉の指導者でもある金浜コーチの指導下、日本大学の道場を中心にレーニングに励んでいる。

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