NHK「のど自慢」はなぜ生バンドからカラオケになったのか チーフプロデューサーが苦渋の決断を語る

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生音信仰のルーツ

 日曜の本番にミュージシャンが欠席したといった記録は残っていないし、そんな思い出話をOBから聞いた記憶もないという。

 一方、ミュージシャンが本番前に病気で倒れたことは何回かあった。だが、常に代わりを見つけることはできたという。しかも、いきなり日曜に呼ばれても、生放送で何の問題もなく演奏できる技量を持ったミュージシャンばかりだった。

 往時は、地方都市でも腕利きのミュージシャンが揃っていたことが分かるエピソードだが、今同じことが起きたら対応は難しい。もしバンドを続けていたら、日曜の生放送にメンバーが足りないという最悪の事態も起こりえたという。

「今、大手レコード会社が手がけるレコーディングでも打ち込みが増えつつあります。一方で、初見で生演奏ができるミュージシャンの絶対数は減っています。東京ならまだ集められますが、地方は難しくなる一方です。なぜ昔は苦労しなかったかと言えば、高度成長期、日本各地にはキャバレーがたくさんあり、専属の“箱バンド”が常駐していました。ジャズブームが一段落して、腕利きのミュージシャンはポップスに転職した。プロの歌手が営業に来た時だけでなく、マイクを握ったお客さんのために演奏することも多かったようです」

 生演奏のバンドを従えて素人が歌うのだから、その晴れがましさは言うまでもない。まさに特別な瞬間だろう。「のど自慢」も同じだったわけだ。

「今回、ネット上でのカラオケ音源に対するご批判の数々を熟読しましたが、確かにステージ上にバンドのメンバーが揃うと華やかな印象ですし、近年は民放さんも歌番組が少なくなったので、“生バンド伴奏”は差別化の効果も大きかったと思います。こうした“生音信仰”とでも言うべきバンド演奏に対する高い評価は、個人的にはかつての箱バンド文化に源泉がたどれるのではないかと考えています」

カラオケで激減したトラブル

 日曜の生放送、高齢の出場者が歌い出しのタイミングを間違えた。だが、百戦錬磨のバンドマンたちは、出場者の歌に伴奏を合わせる名人芸を披露した──。

 生バンドの素晴らしさとして語られることの多いエピソードだが、中村氏によると「順番が逆」だという。

「高齢の方は大好きな曲をCDで何度も聞き、カラオケで何度も練習されています。公式の音源を身体にしみ込ませ、その中で聞こえるベースやドラムの音、場合によっては太鼓や拍子木の音を“きっかけ”にして歌うんですね。ところが“きっかけ”は人それぞれ。『のど自慢』のバンド演奏ではその人にとっての“きっかけ”がカットされてしまうこともあります。いつもの“きっかけ”が聞こえないから、どこから歌ったらいいのか分からなくなるんです。カラオケの音源に変えたら、こうしたトラブルは一気になくなりました」

 読者の中には「カラオケ音源のメリットは分かった。ならば、予選はカラオケ、本番はバンドというわけにはいかないのか?」と思った方もいるかもしれない。

「これは前例があります。コロナの拡大期、土曜日の長時間の予選会実施で感染リスクが高まるため、ステージ上の人数をスタッフと出場者に限定するため予選会の伴奏をカラオケで演奏しました。つまり日曜本番のミュージシャンは何とか確保できても、土曜の予選会はカラオケで実施ということがあったのです。ところが、予選で上手に歌えた出場者が、本番では総崩れという事態が多発しました。やはり予選会がカラオケなら、本番もカラオケに統一しなければならないんです」

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