NHK「のど自慢」はなぜ生バンドからカラオケになったのか チーフプロデューサーが苦渋の決断を語る

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メリットとデメリット

 予選会の流れを見てみよう。葉書やWEBを通じて1000人単位の応募がある。2人や3人での応募も多いため、現場では「組」が単位だ。スタッフは応募者の“出演動機”を丹念に読み込み、200組を厳選する。

 個人情報保護に細心の注意を払いながら、200組が歌う200曲のリストを作る。生バンド時代は、急いで楽譜を手配する必要があった。

 ギター、ベース、ドラムといった担当ごとの「バンド譜」ではなく、歌詞、主要コード、リズムパターンなどが記載された「メロディ譜」と実際の楽曲を、バンドのミュージシャンに送付する。

 ミュージシャンは楽譜に目を通し、楽曲も聴いて、放送前日の土曜日に開かれる予選会で200組の歌を伴奏する。予選会では「バンド譜」が渡されてはいるものの、バンドのメンバーにとっては初めて弾く曲も少なくない。

「『のど自慢』は地域密着を重視していますから、バンドも九州・沖縄、四国、中国、近畿、東海・北陸、関東甲信越、東北、北海道と全国のブロック別に組んでいました。皆さんベテランばかりで、小柳ルミ子さんの『瀬戸の花嫁』とか、北島三郎さんの『風雪ながれ旅』といった何度も演奏したことのある曲なら全く問題はありません。予選の持ち時間は1分で、少しでも長く歌ってもらうためにイントロを短くするのもバンドならお手の物です。ところが、アニメ『チェンソーマン』の主題歌で米津玄師さんの『KICK BACK』となると、バンドの皆さんが『弾いたことないんだよなあ』ということが起きてしまいます」

バンドメンバーの人材不足

 しかも中村氏がシンセサイザーの奏者に聞き取りを行うと、「最近のヒット曲は打ち込みが主流のため、手弾きで再現するのは不可能な曲が増えてきている」と断言されたという。

「結局、バンドで演奏できるよう苦労してアレンジするしかありません。しかし、サンプリングされた特殊な音が楽曲の重要なモチーフだったりすると、アレンジしても似て非なる曲になります。予選会で『この曲、YOASOBIだよね?』と首を傾げながら歌う応募者もいらっしゃいました。これでは選考の公正性に疑問を投げかけられたら反論できません」

 とある予選会では、バンドの演奏にミスがあり、リズムが倍のカウントになってしまった。出場希望者は歌うことは歌ったが、「きょとん」という表情だったという。

「のど自慢に対応できるバンドメンバーの人材不足も深刻な問題でした。30年以上、中には40年続けてくださっているという方もいました。ある地域では、新しいメンバーによる再結成も検討しました。ところが、新たなミュージシャンを見つけるのが困難で話が前に進みません。他の地域でも、一部のメンバーは東京から連れて行くとか、大阪のギタリストが広島も兼務するといった対処法を続けていたのですが、人材不足は明らかで、いつか限界を迎えるのではと考えていました」

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