警視庁公安部の闇 報告書に「私が言ってもないことが書かれている」 防衛医大校長がずさんな捜査に怒り
話してもいないことが記録されていた
さらに、決定的なのが聞き取り内容を書き留めた2017年11月15日作成の「捜査メモ」である。
《一方、噴霧乾燥機は、末端付近まで100度以上の熱風がいきわたるのであれば、細菌は水分が枯渇すれば死んで感染能力を失うため、機器が機能として持つ温度で殺すことができる。》
《規制に差異があるのは、この点を理由としているのではないか。また、乾熱による滅菌・殺菌は、蒸気などと同様に一般的な方法であることから、乾熱で大腸菌などを殺菌できるのであれば、特段問題なく輸出規制に該当する機器と判断できる。》
これを読んだ四ノ宮氏は仰天した。
「『炭疽菌のように相当の高温にならないと死なない菌もある一方、大腸菌は比較的低い温度、100度にもならなくても死にます』というようなことは説明しましたが、噴霧乾燥機が100度以上にいきわたるなどということは言ってもいないし、機械の専門家でもない私にわかるはずもない。第一、噴霧乾燥機を私は見たこともないのです。ですからどの辺がどんな温度になるということも分かりません。『熱風を送り込めば装置内が100度以上になる』なんて言うはずもありません」(四ノ宮氏)
高田弁護士は「それでも、このメモを見た当時の捜査幹部らが『いけるぞ』と大川原化工機の立件に大きく歩みを進めたのです。四ノ宮氏の見解をまとめたとされる報告書は、警視庁の殺菌理論の根拠として経産省の説得に用いられました。当初、難色を示していた経産省でしたが、最終的には警視庁の殺菌理論を受け入れ、2018年10月の捜索、差し押さえとつながったのです」と説明する。
「警察は『こうした場合、大腸菌はどうなりますか? 死滅しますか?』のようにオブラードに包んだような聞き方をしてきました。私は『そういう可能性はあります』と可能性を言っただけです。それが断定したように書かれていました」と四ノ宮氏は不信感を隠さない。
こうして理論武装を行った警視庁であったが、実は大川原化工機の噴霧乾燥機は内部の構造が複雑で、熱風を送り込んでも100度以上にならない箇所がいくつか存在した。起訴後、高田弁護士から指摘を受けた検察官は、警視庁の打ち立てた殺菌理論の軌道修正を試みたものの、実験を重ねた結果、内部の細菌を死滅させる性能を有していないことを認めざるを得なくなった。大川原化工機の噴霧乾燥器は、そもそも輸出規制に抵触するものではまったくなかった。
そして、2021年8月に予定されていた公判期日の直前(なんと4日前)に突然、検察は起訴を取り消したのだ。
防衛医科大学校を何度も訪れたり、電話で四ノ宮氏からの聞き取りを実施していたのは、警視庁公安部外事第一課に所属していた安積伸介警部補である。
安積警部補が自身の判断で四ノ宮氏が言ってもいないことを「創作」し、立件に都合のよい調書やメモを仕立てたとは思われるが、報告先は第一課長の高濱裕章警視、さらには後任の高橋靖夫警視である。彼らの階級は安積警部補よりずっと上である。
階級社会の警察組織で、間に位置する警部クラスの中間管理職が、警視クラスへの報告を見ていないはずはないだろう。安積警部補から概要説明を受けた上司が同警部補に書き方を指示したか、あるいは書いてきたものを修正したのかもしれない。
起訴取り消しは立証の断念ではなく隠蔽
もう一つ重要なことは、当時、四ノ宮氏が警察の目的をまったく知らずに応対していたことだ。
「捜査上の秘密なのでしょうが、警察は私への聴取中、何の目的なのかは一切言わなかった。それでも警視庁だから、テロ対策などの役に立てたくて参考意見を私に訊きに来ているのだろうとは思いました。起訴した時には『裁判で証人になっていただくかもしれませんのでよろしく』という連絡がありました。しかし、起訴の取り消しの連絡がきた記憶はありません。その後、高田弁護士から連絡がありましたが、恥ずかしいことですが大川原化工機の事件に強く興味を持つことはありませんでした」と四ノ宮氏は打ち明ける。
起訴が取り消されたのは、高田弁護士が開示請求を行い、四ノ宮氏をはじめとする有識者からの聞き取りをもとに警視庁が経産省を説得する過程が記されたメモが証拠開示されかけたのともタイミングが一致していた。「被疑事実を立証できない」と考えたからではなく、警視庁が独自の理論で経産省を説得し、無理やりに立件した事実経過を隠蔽する思惑があったのではないだろうか。
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