警視庁公安部の闇 報告書に「私が言ってもないことが書かれている」 防衛医大校長がずさんな捜査に怒り
2020年3月、大川原化工機株式会社(本社・神奈川県横浜市)の社長ら3人が「武器に転用できる機械を中国に違法輸出した」という外為法違反の容疑で警視庁公安部に逮捕された。3人は1年近く勾留された末、公判直前に起訴が取り消され、検察は事実上の「敗北」を認めた。有識者の立場で警察に意見を伝えた防衛医科大学校の四ノ宮成祥(※正しくは示へんに羊)校長は、警察が作成した報告書の内容に異議を唱える。事件の詳細については、〈警視庁公安部のお粗末すぎる捜査…国賠訴訟を起こした大川原化工機幹部が語る「中国不正輸出冤罪事件」全真相〉で解説している。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
【写真】生物兵器に転用できるとされた「噴霧乾燥機(スプレードライヤ)」と大川原社長
滅菌、殺菌、消毒を誤用
生物兵器の製造に転用できる機械の輸出を規制する外国為替及び外国貿易法(外為法)違反の対象とされたのは、大川原化工機の主力製品「噴霧乾燥機(スプレードライヤ)」だった。
規制の対象となるのは、扉を開けたり移動したりせずに内部で滅菌または殺菌できる装置という条件があった。この「滅菌」と「殺菌」の定義について、警察は微生物学を専門とする防衛医科大学校(埼玉県所沢市)の四ノ宮成祥校長に意見を求めた。
四ノ宮氏は大川原化工機事件を取り上げた2022年11月16日放送の「クローズアップ現代」(NHK総合)のインタビュー取材に応じた。その中で、自身が話したことが警察の主張に合わせた内容に変えられて報告書が作成されていることを知り、「何とかならなかったのか」と悔いた。
「警視庁の方が何度か防衛医科大学校に来られました。電話でも話を聞かれました。実は私が事前に見せてもらって『これでよければサインしてください』と言われて了承して、サインと押印した文書がひとつだけあります」と四ノ宮氏は話す。
四ノ宮氏は微生物の専門家で、病原体に係る輸出規制の関係で経済産業省とも関わりがあり、国際輸出管理レジームであるオーストラリア・グループ(AG)を担当する経産省の官僚からも意見を求められてきた。生物兵器禁止条約(BWC)の国際会議にも参加している。
「供述調書」と題されたその文書には、2018年3月28日の聴取が再現されている。
《次に、噴霧乾燥機において、定置した状態で病原菌微生物を滅菌または殺菌することが求められる範囲について説明します。結論としまして、機器内部の病原体が粉体の状態で残留している箇所と言えます》
《したがって、被曝防止という規制の趣旨を鑑みると、機器において定置滅菌又は殺菌を擁する部分は、原液を粉体化するノズルなどの微粒化装置の先から、排気口に設置されたフィルタまでであり、原液を当該装置に送り込む個所などは含まないと解されます》
四ノ宮氏は「滅菌、殺菌、消毒という言葉は、われわれ専門家の間では厳密に区別されていますが、警察が作成した報告書を確認すると、かなり誤用されていた。しかし、経産省の省令でも翻訳の間違いなどで混同して使っていることがあるので、ある程度は仕方ないとは思っていた。『この辺は違いますよ』と例示して、但し書きつきであることを十分に説明してサインしてしまった。しかし、出来た文面を見ると言葉が独り歩きしている感じでした」と振り返る。
供述調書の大半は、炭疽菌やペスト菌などの危険性を説明した内容である。噴霧乾燥機についても四ノ宮氏が詳しく述べたようになっているが、こうした機器類の構造に詳しいわけではなく、警視庁の聴取者が説明したのに合わせて返事をしていただけだという。
経産省の曖昧な判断基準を逆手に取る
さらに、警視庁は四ノ宮氏が話していない内容を混ぜ込んだ内部資料を同氏の預かり知らぬところで作成していたのである。四ノ宮氏は大川原化工機の顧問弁護士の高田剛氏(和田倉門法律事務所)からその資料を受け取り、驚いたという。
2017年11月16日付の四ノ宮氏からの「聴取結果報告書」には、結論部分にこう書かれている。
《噴霧乾燥機を空運転させて熱風を送り込めば装置内部が百度以上となり、結果的に大腸菌などの病原性細菌が死滅することになるからです》
外為法の規制の対象となる「内部を殺菌することができるかどうか」の判断基準は、規制をつかさどる経産省からも明確に提示されていなかった。そのため警視庁は、容器全体を100度を超える高温にすることができれば、この規制要件に該当することにしようとした。そこで微生物学の専門家である四ノ宮氏に警視庁の思惑通りの供述をさせ、自ら打ち立てた理論を正当化しようとしたのだろう。
調書は「わたしの意見としては」と完全に四ノ宮氏の「ひとり語り」で書かれている。しかし同氏は私の取材に「全くそんなことは話していませんよ。そもそも私は微生物や病原菌の専門家ではあっても、そういう機械の専門家ではなく、そんなことを言うはずもありません」と打ち明けた。
「ひとり語り」は「一人称独白体」と言われ、警察や検察が被疑者についての供述調書で使う形式だ。取調官が「おまえ、相手が死んでも構わんと思って刺したんやろう」と言って相手が「はあ」「まあ」などと生返事をしても、「私は」としてそう語った供述調書にしてしまう。
もちろん四ノ宮氏は被疑者ではないが、警察や検察は参考意見を調書にする時もこの手法を巧みに使うのだ。
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