スナックに「一見客・県外客、お断り」の張り紙…衝撃的な光景に「日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く」の著者が思ったこと

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見えてきた日本の抱える大きな問題

「結局、日本社会が抱える大きな問題は、人口減少と高齢化の2点なんです。特に地方では、スナックのようなコミュニケーションの場が維持されないと、この2点にさらに拍車がかかってしまう」

 取材で各地をまわってみると、なんとか乗り切っている店が大半だが、やはり人手不足はどこも大問題となっているようだった。

「コロナ禍の時期に従業員を削減した店は、いまはどこも苦境に見舞われています。切られたホステスさんたちは、すでに安定した他店や新たな仕事に移ってしまいましたから。逆に苦しいけれどなんとか給料を払って従業員を守ってきた店は、いまどこも繁盛していますね」

 谷口教授によるとその状況は、江戸時代中期の儒学者・荻生徂徠が名著『政談』で綴った通りだという。

「徂徠はこう書いています――長くいる奉公人は実に厄介だ。赤ん坊時代の主人のおむつを替えた経験があるなど、家のなかをすべて知っている。そういう奉公人を、多くの主人はある時期に解雇しようとする。ところが、いざ戦(いくさ)となったとき、命を捨てて最後まで従ってくれるのは、その種の古い奉公人だ――そんな主旨です。まさに、荻生徂徠が述べた通りの光景が、21世紀の日本で展開しているのです」

 そして谷口教授は、本書のきっかけとなった論考『「夜の街」の憲法論』を発表した当時を回想する。

「発表直後、飲食店グループの大手、グローバル・ダイニング社(GD社)の代理人・倉持麟太郎弁護士から意見を求められたことがあるんです」

 GD社は東京都の時短・休業要請に一切応じないばかりか、「営業の自由を保障した憲法に違反する」として都に損害賠償を求める訴訟を起こしたことで話題となっていた。

「そのとき私は『とても勝てないと思います』との主旨で意見を申し上げました。国や自治体が相手の訴訟は大変難しい。ましてやこれだけ広範な規制で、ほとんどの店が応じていましたからね。ところが、GD社は勝訴した。控訴審で、東京都の命令を違法とする第一審判決が確定したんです。不明を恥じました」

 日本の水商売=夜の街は、決して弱くなかった。大手グループも街の小さなスナックも、あるときは行政と戦い、あるときは共闘し、コロナ禍を乗り越えてきた。

 谷口教授は「法哲学者」の立場で、その現場をつぶさに見て回った。

 本書のなかに感動的なエピソードがある。北海道のある都市の老舗スナックのマスターが、谷口教授の講演を聞いて前著を読み、業界誌にこう寄稿したという、

《私は頭を殴られた気がしました。そして泣きました。(略)地域コミュニティの場としての公共性や(略)犯罪の抑止効果など、自分が人生の半分の時間を費やして頑張ってきたこの商売が、こんなにも大事な社会的役割を担っていたとは、まったく気付きませんでした》

 これを読んだ谷口教授も、自分の研究の重要性にあらためて気づき、《同じように衝撃を受け、そして少し泣いた》と記している。

《私ほどスナックをはじめとする夜の街を全国にわたって実地で知り、そして、飲食店を苦しめた営業規制の是非について法的な観点から根本的に論じることのできる人間はほかにいなかったのである》

 この章の最後の方で、谷口教授はこう述べている。

《そうか、自分はこのためにスナック、そして夜の街の研究を始めたのかと、私は天による召命に近いものを感じたのだった》

 本書の副題『法哲学者、夜の街を歩く』は、単なる盛り場ルポを意味するものではなかったのである。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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