法哲学者がコロナ禍で訪ねた全国の「夜の街」 「根も葉もない噂に苦しめられた」スナック経営者の生々し過ぎる声の数々

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訪ねてみて分かった夜の街の惨状

 全国15カ所の夜の街は、それぞれ異なった状況にさらされていた。なかでも保健所との攻防は、弱小事業者であるスナックにとってまさに“戦い”だった。

 まず本書から紹介するのは、国内最大級のクラスターを発生させた東北のあるスナックのケースである(本書では地名・店名・人名などすべて実名)。

 そのスナックでは、発熱を訴える従業員が出たので保健所に問い合わせたが、PCR検査はなされず、健康観察を指示されるだけ。その結果、191人もが感染する大規模クラスターの発端となってしまう。すると、

《これまで放ったらかしだった保健所からは突然「今日中に来客名簿を全員出さなければ店名を公表する」と告げられた》(引用同書=以下同)

 結局この店は、店名を公表され、

《根も葉もない酷い噂が流され続けた。曰く、〇〇さんと娘が連れ立って東京のホストクラブに行って感染してきた、曰く、数百枚の招待状を送ってコロナ禍のなかで誕生パーティをした、などと。(略)新聞やテレビを通じて全国的に連日報道され、七十代の感染者の死亡ニュースが流れた際には、それが〇〇さんだという「死亡説」さえ、まことしやかに流された》

 同じくクラスターを発生させた東海地方のあるスナック。

《店は丸一ヵ月休業することとなったが、感染経路の把握などのため保健所から「店名を公表させてくれ」と頼まれた。〇〇さんは「公表するなら、私たちを守ってほしい」と伝えたのに対し「全力で守るので」と言われたのだが、結果は悲惨だった》

 罵倒の電話、店の写真を撮りに来る者、さらには、従業員の個人情報や子供と一緒の写真までもがSNS上にさらされた。

《店では〇〇市からの要請に真面目に応え、市からも「客をしっかり特定できる名簿があり、非常に優良な協力店」とされていた挙げ句の結果が、これだったのである》

 谷口教授は、この店のママさんの話が忘れられないという。

「本書にも書きましたが、それでも彼女は保健所を責める気になれないと言っていました。保健所にも『店名を公表しろ』とのクレーム電話が連日殺到し、その圧力に負けての公表だったのです」

 その結果、ママさんは、

《夜中の二時、三時まで職場に残り状況報告をし合っていた保健所の職員たちとは、お互いに励まし合い、感極まって泣いてしまったこともあったと言う。当時を振り返って「戦争中の日本ってこんな感じだったのかな。いま戦っている相手はコロナのはずなのに、人が人と戦っちゃってますよね」と〇〇さんは嘆いていた》

 だが、こうやって“戦う店”ばかりではなかった。中国地方のある歓楽街を訪れた谷口教授は、あまりにも衝撃的な光景を目撃することになる。
(後編に続く)

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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