モーツァルト、ベートーベンが愛した「絶品ビフテキ」とは? 温泉エッセイストが厳選した「おいしい温泉ごはん」

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「モーツァルト」「ベートーベン」も注文した「絶品ビフテキ」

 オーストリアは各地に温泉が点在している。ハプスブルク家ゆかりの温泉もあれば、ベートーベンが愛した温泉もある。そしてウィーンにも日帰りできる入浴施設がある。それは「テルメ・ウィーン」。

 水着に着替えて温泉ゾーンへと行くと、プールは大小九つある。広い敷地で、遊泳用などプールはあちらこちらにあり、迷子になりそう。天井のシンメトリーのデザインやちょっとしたタイルの色彩といいしゃれている。瞑想ゾーンや勢いよく温泉が流れるプールもあるし、飛び込み台もある。日本がゆっくりと湯に浸かることを良しとするなら、ここはより楽しく遊べることに重きを置いているようだ。硫黄泉のようだが、さほど臭いはしなかった。

 ウィーン最古のレストランと名高い「グリーヒェンバイスル」に向かう。建物には古代ローマ時代の遺構が含まれるという。店内はいくつもの小さな部屋に分かれていて、モーツァルトやベートーベンのサインがある部屋が有名だ。その部屋は壁一面に著名人のサインがあるが、両者とも中央にあって目立っていた。モーツァルトはミミズの這ったような文字で、ベートーベンは達筆というか、堂々たる文字だった。

 二人とも注文したというのがウィーン風ビーフステーキ。私もまねすると、スニーカーサイズの巨大なステーキの上に、しっかり炒められた黄金色に近い玉ねぎがこれでもかというほどのって出てきた。肉は薄くてカットしやすい。バクバクと夢中になって口の中に放り込んだ。手が止まらない。理由は、このソースだ。これまで口にしたことがない風味だ。欲を言えば、白米が欲しい……。

 お店の人に「ソースには何が入っていますか?」と聞くと、「グレイビー」と答えた。肉汁! うまいわけだ。

 私は白いご飯に肉をのせ、肉汁が入ったソースをかけて食べたくなった。かなうことなら、モーツァルトとベートーベンにもグレイビーステーキ丼を食べさせてあげたかった。

山崎まゆみ(やまざきまゆみ)
温泉エッセイスト。跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学・観光取材学)新潟県長岡市生まれ。世界32カ国千カ所の温泉を巡り、」日本の温泉文化の魅力を伝える。観光庁任命のVISIT JAPAN大使を務め国や地方自治体の観光政策会議などに参画。著書に『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)など多数。最新刊は『温泉ごはん』(河出文庫)。

週刊新潮 2023年5月4・11日号掲載

特別読物「旅は美味しい! 『世界の温泉ごはん』」より

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