モーツァルト、ベートーベンが愛した「絶品ビフテキ」とは? 温泉エッセイストが厳選した「おいしい温泉ごはん」

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五感が喜ぶ漁師直伝「石焼料理」

 その土地に根付いた料理は、やはりうまいものだ。

 そう実感したのは秋田県の男鹿温泉「結いの宿 別邸つばき」でのこと。

 秋田杉の樽に入っているみそ仕立ての汁に、焼けた大きな石を入れる。

「じゅぅ~じゅぅ~」と汁が勢いよく弾ける。

 少し樽の中が鎮まったら、日本海の春を告げるメバルと牡丹海老、長ネギを入れる。それから、また焼けた石をひとつ、もうひとつ。

「ぴちゃ、ぴちゃ」。汁が樽の中で躍るように跳ねると、一気に沸騰する。

 仲居さんがもうひとつ焼けた石を取り出し、今度は汁の中のネギに押し付けた。「じゅ~っ」という音と共にネギが焼けるいい香りがしてきた。ものの2~3分で男鹿半島名物の石焼料理ができあがり。

 通常の2倍は入りそうな大きな椀いっぱいに盛り付けられると、もわっと湯気が立ち上り、磯の香りがした。もう、たまらない。

 かつて漁師たちは、漁に出る前にたき火をして暖を取った。彼らは漁から戻ると、樽に海水を汲み、たき火の下にあった焼けた石と獲ってきたばかりの魚を入れて食べた。この漁師料理がルーツだから、汁が飛び跳ねるのも、ご愛敬。

 アオサやワカメのシャキシャキとした歯ごたえは、新鮮な証。ハタハタの焼き物は身がみっしりと詰まっている。甘味と塩っ気のある鯛のかぶと煮といい、食べ進めると、無性にお酒を欲する。秋田の酒は、少しどろっとして、お腹にたまる。ちびちび飲むだけで、満足する。

 夕食後、お風呂に行くと、海沿いの温泉特有の、潮の香りのする湯が湯船にたっぷりと注がれている。じんわりじんわり、熱が体に入っていく。人体の形状に模(かたど)られた寝湯では本当に寝てしまいそうだった。

「金目鯛の姿煮」から楽しむ「汁かけご飯」「骨湯」

 朝日を浴びながら、温泉入浴をしたことがあるだろうか。目を開けていられないほどに陽光はまぶしいが、入ると体に大きな力が宿る。

 静岡県伊豆半島東伊豆エリアに湧く熱川(あたがわ)温泉の「熱川プリンスホテル」ではそのパワーを得られる。屋上にある露天風呂「薫風」は海にせり出すかのような構造で、温泉にいながらにして空と海とひとつになれる。湧出量は豊富で、温まるナトリウム成分と肌を整える硫酸塩泉の成分を含む。

 夕食には郷土料理、金目鯛の姿煮が出てきた。

「金目鯛は包丁を入れたら味が落ちますから、姿煮で出して、いただく時に箸で取り分けるんですよ」と、同席してくれた地元の方が手際よく分ける。どの家庭にも、金目鯛の姿煮を作るための大きな鍋と盛り付ける大皿があるそうだ。

「慶事は『腹合わせ』といって、2匹の金目鯛を煮つけ、腹を合わせるのがしきたりです。煮汁もおいしいですよ。うちの孫は、『キンメの汁かけご飯』と言って、煮汁をご飯にかけて食べるのが好きなんです」と、顔をほころばせた。

 金目鯛の身に箸がすっと入り、身離れがいい。脂がのっている。甘くしょっぱいタレがしみ込んだ金目鯛は、お酒が欲しくなる。 

 食べ終わる頃、「頭をお皿に入れて、お湯を注いで飲むのが漁師風で、『骨湯』って言います」と勧めてもらい、トライ。風味豊かな磯の香りが口の中で広がった。

 力が宿る朝湯におめでたい金目鯛をいただけば、ご利益がありそうだ。

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