モーツァルト、ベートーベンが愛した「絶品ビフテキ」とは? 温泉エッセイストが厳選した「おいしい温泉ごはん」

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 5月8日に新型コロナの感染症法上の位置付けが5類へ引き下げとなる。長く我慢を強いられた心と体は、癒やしを欲しているはず。国内はもとより世界の名湯秘湯を訪ね歩いてきた温泉エッセイストの山崎まゆみさんが、とっておきの「温泉ごはん」を紹介する。

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 この3年、あれだけ世を騒がせた流行病も、すっかり鳴りを潜めた。

 私もコロナがまん延する前以上に各地を訪れるようになり、多くの人も普通に移動し、新幹線や飛行機の予約が取りにくくなっている。「そろそろ旅がしたいから、いい温泉とおいしいごはんを教えて」と相談を受けることも多くなった。確かに旅の醍醐味といえば「温泉」と「食」である。

 そこで、「温泉」と「食」の魅力をたっぷりつづった『温泉ごはん』(河出文庫)を4月に上梓した。温泉旅館の名物からその土地のハレの膳、ソウルフードまで満載した、私が元気に旅して食べてきた記録でもある。

“温泉ごはん”で満腹になりながら、土地の人との実り多い出会いもあった。

 そう、私の旅は実においしい。最新刊の中から巡り来る季節にぴったりの温泉地を以下にご紹介しよう。

“北の大地”が育んだ「ラムステーキ」

「江差旅庭 群来(えさしりょてい くき)」の夕食の目玉、羊肉ステーキを口にすると、特有の臭いがまったくしないので、牛の赤身かしらと思ってしまう。

 だがかみしめた時のねっとりとした弾力は、これまでの記憶にある羊だ。新鮮ゆえ食べやすい肉をかみしめると、血が滴り落ちるかのような肉汁で、こちらの体までも血が湧きたつ。

 もうひとつの自慢は羊のソーセージで、こちらは嫌みのない程度に匂う。棚田清社長は「羊にリピーターがついています」とほほ笑む。新鮮な羊をいただけるわけは、「群来」の自社農場「拓美ファーム」で育てているから。

 雄大な草原で羊が伸び伸び育つ。餌をちらつかせると猛烈に駆け寄ってくる。朝食で供される卵を産む鶏もいる。「3月にヒナを買いまして、旅館が忙しくなる夏に卵を産んでくれるように育てていますよ」という棚田社長の話を伺いながら、ふと疑問に思った。これほど生き物がいるのに、動物臭がしないのは、なぜだろう。そよぐ風が軽やかで爽やか、アフリカのサバンナで吹かれた風に似ている。

 棚田社長が「うちは、羊にも鶏にも、カボチャやトウモロコシ、粟に、発酵食品も食べさせています」とおっしゃるので、「人間の腸活みたい」と私が呟くと、すかさず「人間が食べられるものを食べていますよ」と真顔で答えてくださった。なんて贅沢な動物たちよ、毛並みがいいわけだ。

「群来」が持つ源泉はミネラルの含有量が多く、湯を両手ですくい上げると、ずっしりと重たい。全ての温泉には温熱効果があるが、「群来」の温まり感は半端でない。同じ40度の温泉でも、「群来」の濃い湯に浸かれば他の湯の数倍の汗が出る。もし二日酔いならば、朝湯で汗を出しきれば爽快だろう。

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