日本人だけが今もマスクを外せない 欧米との差を生んだ理由は「言語」にあった

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乳児も英国では口を見て日本では目を見る

 一方、日本人はその逆で、顔の下半分はそれほど表情が豊かではないので、マスクで隠していても気にならない。そのかわりに相手の目を見る。「目は口ほどに物を言う」とは、あくまでも日本語の特性に根差した成句で、欧米では通用しない。事実、欧米人はマスクを嫌うが日常的にサングラスをすることに抵抗がない。

 こうした日本と欧米との差異は、以前から研究のテーマにもなっている。アメリカで発表された論文によれば、コンピューターで作った表情を日米の学生に見せ、喜怒哀楽の感情を判定させたところ、日本の学生は目を見て、アメリカの学生は口を重視したという。

 日英の生後7カ月の乳児を比較した最近の研究でも、人の表情を知覚するとき、日本の乳児は目に注目がいったのに対し、イギリスの乳児は口に注目する傾向が見られたそうだ。それが数カ月にわたって見てきた母親の表情によるものか、それとも遺伝子に組み込まれた性向なのかわからないが、いかに深く根差した差異であるかがわかる。

 欧米人にとっては、こうした日本人の特徴は昔から奇異に映ったようで、16世紀に来日したイエズス会のポルトガル人宣教師、ルイス・フロイスも著書『日本史』に、日本人は感情をあまり表に出さず、平気で人をあざむくことがある、という趣旨の記述をしている。

マスクが回復の足かせになっている

 相手の口を見ていないと怖いのであれば、欧米人が早くからマスクを外したがったのも無理はない。一方、人の表情を読みとるうえでマスクがさほど支障にならない日本人が、マスクを外す必要性を感じにくいのもわかる。

 しかし、新型コロナの感染拡大期は、マスクに抵抗がない日本は、感染症対策の面で有利だった。さらにいえば、表情筋を動かさずに喋れる日本語は、飛沫が飛びにくいという点でもメリットがあった。しかし、いまはコロナによる3年余りの停滞を取り返すべき時期である。マスクを外せないという意識が、回復への足かせになりはしないだろうか。

 ことはもはや声楽界の問題にとどまらない。むろん、声楽界も大きな足かせを背負ったままだが、紹介した世論調査などによると、マスクを外さないのは、マスク依存症にもつながりかねない後ろ向きの理由による場合が多い。

 言語の構造に起因している問題である以上、きわめて根深い。それだけに、政府などが率先してマスクを外すように導く必要があるのではないだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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