居酒屋で女性にちょっかいを出し、彼氏をボコボコにした中央アジアの外交官 元公安警察官が責任追及で使った“奥の手”とは
コンタクト・ポイント
「麻布警察署の署員が駆けつけました。外交官は警察官に身分証を掲示して『俺は外交官だから逮捕はできない。取り調べも受けない』と言って、さっさと店を出て行ってしまったのです。国際法を知らない男性は、『なぜ犯人を逃すんだ!』と怒鳴りました。警察官が外交官を制止しなかったので許せなかったのでしょう」
その後、2人は麻布署へ行き、事情聴取を受けたという。
「麻布署から私に連絡が来ました。事件を起こした外交官をなんとか事情聴取できないかと言うのです。こういうケースで警察署は、どう処理したらよいか分からず右往左往するものです。大使館の代表電話にかけても、無視されるケースが多いのですからね」
勝丸氏は、こんな時のために、日本に157ある大使館の緊急連絡先(コンタクト・ポイント)を確保していた。
「2011年の東日本大震災の後、各国の大使にパーティーなどで会った際、災害時などに備えて緊急の連絡先を教えて欲しいとお願いしていたのです。1つの大使館につき、最低2回線、夜間でもつながる連絡先を知っていました。全ての大使館のコンタクト・ポイントを確保するのに2年半はかかったでしょうか」
勝丸氏は、問題の外交官が勤務していた大使館のコンタクト・ポイントに電話した。
「担当者に事情を話しました。コンタクト・ポイントでつながるのは、それなりの地位のある外交官です。彼に『被害者はかなり怒っており、このままだと外務省のプロトコール・オフィス(外務省大臣官房儀典官室)に連絡せざるを得ない。被害者はマスコミにも情報提供しかねません』と伝えました。すると、『それは問題ですね。困ったことをしたものです。すぐ件の外交官に伝えます』と。プロトコール・オフィスを持ち出すと、外交官は対応せざるを得なくなるものです」
プロトコール・オフィスから「ペルソナ・ノン・グラータ」(ウィーン条約で、外交官が好しからざる人物と認定されると国外退去処分となる)を発令されると、本国での外務省職員の身分も剥奪される。各国の外交官は、これを最も恐れているという。
勝丸氏は大使館に赴き、件の外交官と面談した。
「彼は、『事情聴取に応じてもいいが、警察署には行きたくない。大使には知られたくない』と言っていました。そこで大使が不在の時に警察官が大使館に行くことに。外交官のケガはたいしたことはなかったのですが、病院に行って診断書をもらってくるよう指示しました。殴り合いの喧嘩の場合、どちらも被害者であり被疑者になるからです」
外交官の診断書は、全治3日だった。
「日本人男性は、全治1週間でした。そもそも外交官が女性にちょっかいを出したわけですし、ケガも日本人の方が重いので、外交官が示談金を払うことで決着しました。金額は10万円でした」
勝丸氏の活躍で問題は解決し、外務省からも称賛された。公安部内でも表彰されたという。
「もっとも、私が警視庁を退職した後、コンタクト・ポイントは更新されていません。外交官が起こした事件は、ほとんど責任を追及することができなくなっています」
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