なぜロシアは制裁に屈しなかった? 世界の基軸通貨は米ドルから人民元に? 中国が世界経済を支配する「最悪のシナリオ」
国際経済秩序の崩壊
欧米による制裁の失敗は、この点を軽視したことにある。ロシア産の天然ガスにはフィンランドやバルト3国、ポーランド、ドイツなどが大きく依存しており、小麦やトウモロコシ、食用油などの食料が世界中に輸出されている。原材料では軍需産業や半導体の生産に必須のニッケルをはじめ、白金や金、ダイヤモンドも大量に採取されている。半導体の生産に必要なネオンガスなどの工業用ガスは、いまも主要な製造国がロシアに頼っている。
ところで、経済は商品やサービスを扱う「実体経済」、預金や金融商品がメインの「金融経済」、そして軍事産業が主導する「軍需経済」に大別される。戦後のアメリカは「実体経済を束ねるもの」として金融経済を重視し、その上で他国を圧倒する軍事力を保持していれば実体経済を押さえられると考えた。が、ウクライナ侵攻を機に、世界には「金融経済より実体経済が重要」との認識が広まった。私を含む国際金融の専門家たちは、激しさを増す欧米とロシアのせめぎ合いを「実体経済の中ロvs.金融経済の英米」との構図で捉えている。
この争いはどちらに軍配が上がるのか。私には実体経済を押さえているロシアが有利で、欧米が堅持してきた金融経済の優位性が崩れていくとの予感がある。残念なことだが、それは米ドルを基軸通貨とする国際経済秩序の崩壊の始まりを意味する。
ロシアには豊富な天然資源やエネルギーのほかに、多くの食料生産拠点がある。そのロシアに接近する中国も、現在は世界のものづくりのおよそ3割を占めるとされるほど実体経済が強い。歴史的にロシアは中国を嫌ってきたが、自国が欧米から包囲網を敷かれている現在は「敵の敵は味方」である。日増しに強まる中ロの結びつきは、世界にとって大きな脅威と化している。
デジタル人民元の脅威
あまり知られていないが、中国は2018年から「人民元版SWIFT」とも言うべきCIPS(人民元決済システム)という独自の国際決済システムを運用している。米ドル基軸通貨体制を揺さぶるツールの一つだが、すでにロシアはこれを利用しており、他国にもその輪は広がりつつある。こうした中国の戦略的な動きは加速する一方だ。
無論、バイデン大統領は危機感を強めている。日本をはじめ西側諸国にサプライチェーンの見直しを訴え、半導体などの戦略物資の生産を自国か同盟国内に限定し始めた。昨年5月にアメリカが旗振り役となって日本やオーストラリア、インド、フィリピンなど14カ国が参加したIPEF(インド太平洋経済枠組み)を発足させたのはその一環だ。
中国が通貨における覇権の奪取を企図するデジタル人民元の推進も同様だ。一般に誤解があるようだが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)は暗号通貨(仮想通貨)とはまったくの別物だ。暗号通貨とは、ブロックチェーンやスマートコントラクトなどの技術を用いた取引の仕組み自体が価値を裏付ける通貨で、デジタル通貨は既存の法定通貨と同様、国家・中央銀行が発行と管理を担う。ちなみに日本では、2021年からデジタル円の実証実験が始まっている。
このデジタル通貨の世界において、アメリカは「米ドルのデジタル通貨が国際標準」と主張し、中国は「デジタル人民元こそ、世界中の決済で使われるべきだ」と訴えているのである。
デジタル通貨の決済では金融機関の介在を必要としない。A社とB社が共通のデジタル通貨を保有していれば、現金取引のように直接決済ができるからだ。極めて利便性が高いが、それでも導入が遅々として進まない理由には、銀行などの消極姿勢がある。金融機関の仲介を経ない通貨が普及すれば、莫大な手数料ばかりか、金融機関そのものの存在意義を大きく失うことにつながる。
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