「この仕事は天職」で常連客は60人超 還暦風俗嬢が明かす“人の心を掴む”方法
70歳までの雇用が努力義務とされる「定年延長」も広がりつつあり、高齢者が長く働くことが求められる時代である。とはいえ、老いた身では働くことが難しい職種もあって“肉体労働”である性風俗業もそのひとつだろう。ところがそんな世界で、60歳になっても活躍し続ける女性がいる。『売る男、買う女』(新潮社)などの著書があるノンフィクション作家の酒井あゆみ氏が、彼女の仕事ぶりを取材した。
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「指名客が10人になっちゃったら辞めようと思ってたの。そんなに甘い世界じゃないからね。でも、もう『赤いちゃんちゃんこ』着る歳です。自分でも驚いていますよ」
そうやって少し上向きの前歯を見せながら留美子(仮名・60歳)は笑った。彼女がこの世界に身を投じて30年以上、私と知り合って20年以上になる。
もっとも、ここ10年ほどはやりとりをしてこなかった。私のちっぽけなポリシーとして、連絡が絶えた夜の世界の女の子にはこちらから連絡をとらない、というものがある。業界から足を洗って暮らしているかもしれないのに、私から連絡をしてしまえば迷惑がかかると思うからだ。てっきり留美子も辞めたのだと思っていた。
しかもコロナ禍によって「売る女」は大打撃を受けた。出勤に制限がかかったことで蔓延するSNSを通じた「ネット売春」に、「ギャラ飲み・パパ活」の名の下での素人売春、地方への出稼ぎ、街娼……。こんな時代の波に、まさか若くない留美子が抗えるとも思えず、「現役」をあがったと思い込んでいたのだ。
ところが知人をつうじて、いまも活躍中だという近況を耳にした。その秘訣を知りたくて、久しぶりにメールをしてみたのだ。
“専業主婦”でいたい
留美子の職場は川崎エリア。大衆店で、いわゆる「朝番」と呼ばれる朝8時から午後3時受付の時間帯で30年以上働いている。ひとり娘がいてすでに社会人だというが、小さい頃から今日まで「お母さんは知り合いの会社の事務仕事を手伝っている」で通してきたというのだから、すごい。
「娘が思春期だった頃に『お母さん、本当に事務員なの?』と疑われたことが一度ありました。お店の事務員さんの制服を借りて、事務室でパソコンを操作してる写真を撮って“アリバイ作り”をしたこともありましたね」
夫にもバレていないというが、こちらとはリストラを機に別居生活を長く送っているそうだ。夫は実家がある関東近郊の県に移ったが、留美子と子供は東京に残った。
「娘の大学もあったし、やっぱり最初は東京の会社に入らせてあげたかったから」
なぜ離婚しないのかを聞くと、
「そりゃ、世帯主が居なくなったら大変じゃん。私はずっと旦那が死ぬまで“専業主婦”でいたいもの。税金とかそういう関係、今さら面倒臭いし、今ある貯金の額も隠し通せなくなっちゃうじゃん。私は子供に迷惑かけない『おばあちゃん』になりたい。介護なんかさせたくないからね。体が動かなくなったら施設に入りたい。だから、体が動くうちはお金、稼ぐだけ稼がないと、って」
夜の世界で働く女性に「なぜ働くのか」を尋ねると、特別な理由がないことは珍しくない。別に困っているわけではないがお金がほしくて、とか、シフトが楽で働きやすいから、といった具合だ。留美子もそれに近い。
「誰かに必要とされたり、『逢いに来たよ~』って言ってもらえるのが嬉しくて。30代で夫の稼ぎが悪くて仕方なく始めた仕事だけれど天職だと思っています。貞操観念? 私はそういう箇所はすっぽりと抜けてるかも。初体験のときも、この仕事の初日のときも同じ。『男ってちょろいな』としか思わなかった」
あえて背景を説明するとすれば“毒親育ち”という点だろうか。
「実家は代々続く建築関係の会社で裕福だったんだけど、父親の代で会社が倒産。そこから家は殺伐とした空気になって……」
特に母親は長女である留美子には辛く当たったそうで、
「あんたなんかいらない」
「あんたはなんでそんなに出来ない子なんだろうね」
といった言葉を、まだ幼かった彼女に日常的に浴びせた。“誰かに必要とされたい”という仕事へのモチベーションの原点といえるだろうか。
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