ジェンダーレスをフックにミキモトを進化させる――中西伸一(ミキモト社長)【佐藤優の頂上対決】
富裕層の消費動向
佐藤 これまでとは顧客層が変わってきそうですね。
中西 私どもは富裕層や年配層が主なお客さまですが、基本的に日本のエスタブリッシュメントの方々は質素です。ですからベーシックで品質のいいものをお買い求めになる。ただ最近ベンチャーを興されたり、IT企業で成功されたりした30~40代の方は、デザイン性が強い商品や大きなお買い物をされますね。いわゆるニューリッチと呼ばれる方々です。
佐藤 日本のニューリッチは、ソ連崩壊後に誕生したロシアの新興財閥オリガルヒに似ています。ロシアのウクライナ侵攻前には、彼らから突然、電話がかかってきて「羽田に(駐機)スポットが取れたから、夕食を食べないか」と誘われるんですね。
中西 プライベートジェットでやって来るのですね。
佐藤 羽田には4スポットしかなく、なかなか空いている日がない。だから取れるとやって来る。そこで指定されるのは、しゃぶしゃぶの「ざくろ」やステーキの「あら皮(がわ)」といった高級店です。「ざくろ」では、食事の後、無理を言って10キロほど牛肉を買って行った人もいました。彼らは一回来日すると、軽く1千万円を超える消費をしていきます。
中西 私どもにも、そのようなお客さまは多いですね。
佐藤 実はそれが民間外交として、非常に重要な役割を果たしています。ミキモトでの対応がとてもよかった、非常に楽しかったとなると、それは日本のイメージとして残ります。ここを訪ねてくる外国人は、基本的にエリート層です。国と国との関係が悪くなっても、彼らが日本人は礼節を重んじるとか、平和を希求するとか、そうした日本の姿を伝えてくれることになる。
中西 確かにインフルエンサーとなる方々ばかりです。
佐藤 「観光の政治」というものがあります。ミキモトを通じて日本のイメージが形成されていく。ですからミキモトのファンを作っていくことは非常に重要です。
中西 はい。そうした方をどんどん増やしていきたいと思います。
佐藤 富裕層には高級時計を集める人たちもいますね。それは資産の保全という側面もあると思いますが、ミキモトの真珠はどうですか。
中西 真珠は、無機物であるダイヤモンドや色石と違って、有機物なんですね。有機物はやはり経年劣化しますから、それに対する投資は自ずと上限があります。ただ、きちんと手入れをすれば状態は保てます。だからオークションなどにも出てきます。
佐藤 確かにサザビーズでも真珠は扱われていますね。
中西 オークションに出るのは、やはり「価値の継続」が認められているからです。またその素材だけでなく、デザインやつくりも含めて、マーケットに評価していただいているのだと思います。
佐藤 今後の販売については、どうお考えですか。日本国内、それも地方の富裕層にはこれまで百貨店を主な販路としてきました。しかし、百貨店はどんどん消えています。
中西 人口20万~30万人くらいの地方都市では消費がかなり停滞していますね。ただ、そこにも富裕層はいらっしゃる。これまで地方で彼らに対して効率よくビジネスをしてきたのが百貨店でした。10年前は私どもも70店ほどありましたが、現在は50店ほどです。各店舗の販売データなどを検証していますが、やはりマーケットの大きなところにお客さまが集まる傾向があります。例えばここ銀座です。本店の他に2丁目にも直営店があります。
佐藤 百貨店の中にもありますね。
中西 それだけあっても、どの店舗にもお客さまがいらっしゃる。一方、何をやっても難しい場所があります。そうした場所は、外商は続けていきますが、お店はクローズしていくと思います。
佐藤 その一方でeコマース(電子商取引)も展開されていますね。
中西 すごい勢いで伸長しています。ですからeコマースが百貨店の代わりになると思ったのですが、そんなに簡単ではなかった。実はeコマースのお客さまは、都内に住んでいる方がすごく多いのです。お店に行けるのに、ネットで買っている。ある層では、もうそれが当たり前の買い方なんですね。
佐藤 それはミキモトに対する信頼もあるからでしょう。eコマースの売り上げはどのくらいですか。
中西 コロナ前に比べ、5倍になりました。いまは6億円ほどです。割と高額品が出るようになって、100万円くらいのものでもeコマースで買われるようになりました。
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