ジェンダーレスをフックにミキモトを進化させる――中西伸一(ミキモト社長)【佐藤優の頂上対決】
ジェンダーレス展開
佐藤 美しいものへの関心や希少なものへの需要は、消えることはありません。だからいままでと同じ形ではないにしても、やがて需要は戻ってくるでしょう。
中西 機会は奪われましたが、需要はあると思います。実はコロナ前の2018年くらいから、ネクストディケイド(次の10年)には何が来るのか、私どもには何が不足しているのかをずっと考えてきたんですね。そしてたどり着いた一つが「ジェンダーレス」という考えでした。
佐藤 ミキモトといえば、まず冠婚葬祭の定番である真珠のネックレスです。ですから、非常に大きなチャレンジですね。
中西 その通りで、うまくやらないとブランドの価値が毀損しますし、これまでのお客さまが離れていってしまいかねない。そもそも私どものお客さまの多くは、保守的な傾向をお持ちです。だからそこを押さえつつ新しいことに取り組まなければなりません。そこがなかなか難しく、これまで足踏みしていました。
佐藤 その中でどのようにジェンダーレスへの展開が決まったのですか。
中西 この業界の新しいトレンドは、やはりアメリカから来ることが多いんですね。コロナ前に現地でムーブメントになっていたのは、ジェンダーレスでした。男性用・女性用といった価値が意味を失いつつあったのです。
佐藤 LGBTQの運動も高まり、ジェンダーが相対化されました。
中西 そうした流れをキャッチしていたところに、私どもとは対極にあるエッジの効いたファッションブランド「コム デ ギャルソン」から「一緒にやりませんか」というお話をいただいたんです。具体的には、“男性がパールネックレスを着ける”という新しい価値観を作りたいという提案でした。
佐藤 それを実現されたのですね。
中西 これまで男性が身に着ける装飾品といえば、ネクタイピンやカフスくらいでした。その殻を破った。
佐藤 発売はいつですか。
中西 コロナ禍さなかの2020年でした。でもたいへん注目され、ミキモトをご存じなかった方もSNSなどを通じて興味を持たれた。そして販売的にも成功しました。
佐藤 価格帯はどのくらいでしょう。
中西 数十万円から、高いものは数百万円のものもありますね。
佐藤 それは大きな挑戦でしたね。ミキモトはこれとは別に、もう一つ、ジェンダーレスのラインがありますね。
中西 コム デ ギャルソンとはコラボレーションのコレクションですので、自社でも何か提案できるかを考えたのです。それが2021年から展開しているパッショノワール(PASSIONOIR)というシリーズです。
佐藤 何か特徴がありますか。
中西 真珠というと、白のイメージが強いのですが、このシリーズでは黒蝶真珠を使ったネックレスやペンダントなどを展開しています。白い真珠のオリジネーター(創始者)である私どもがあえて黒蝶真珠を使う。それによって素材の広がりを意識してもらいたい。また従来にないエッジの効いたデザインで展開し、しかもジェンダーレスですから、メッセージ性の高い商品になっています。
佐藤 こちらの価格帯はどのくらいですか。
中西 3万円前後のイヤーカフもありますが、中心は20万~40万円です。私はもう少し高くてもいいかなと思いましたが、やはり手に入りやすくすることで広がりが生まれました。
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