武藤敬司は「プロレス界のGW男」 アントニオ猪木がグレート・ムタに翻弄された日
体の根底に流れる猪木イズム
カードはIWGPタッグ選手権:橋本真也&マサ斎藤VS武藤敬司&蝶野正洋。実は最初はこちらがセミで、しかもノンタイトル戦。メインは長州力&北尾光司VSビッグバン・ベイダー&クラッシャー・バンバン・ビガロの予定だった。しかし、こちらも集客の切り札とされた元横綱・北尾が思うようにファンの支持を得られず。また、直前で橋本組が王座を防衛したことで、タイトルマッチ+メインに格上げされた。
試合は武藤がムーンサルトで劇的な王座奪取。これ以上ない形で、新時代の到来を思わせた。付言すれば、本来、武藤は、この年の2月におこなわれた東京ドーム大会に、ムタとして凱旋予定だった。ところがムタのアメリカでのライバルかつ対戦相手のリック・フレアーが来日中止となり、実現できなかった。今から振り返れば、これも功を奏した。武藤本人として帰国することで、ムタを安売りせずに済んだのである。ここぞという時に、ムタを出現させることが出来る。その神出鬼没ぶりは、毎週、連続ドラマのように後を追えるゴールデンタイム期のプロレスより、まさしく単発の大会で一気に集客を狙う、90年4月以降のそれ向きではなかったか。
武藤は引退して約1ヵ月後の今年3月31日、ムタとしてWWEの殿堂入り。日本人としては最初の受賞者である猪木(※2010年に受賞)から数え、4人目の快挙だった(※レガシー部門除く)。猪木はご存知のように、昨年10月1日、79歳で逝去。武藤は以下のコメントを残した。
「(私の)根底には生まれ育った“猪木イズム”が流れていると自負しております」
同じく昨年、「光る女」がBlu-ray化された。その特典映像では、相米監督の鬼の演出に、あくまであらがう“新人俳優”、武藤の、恐るべきコメントが残されている。「映画を壊してやりたかった。このまんまでは言いなりになって終わるか、服従しなきゃならない」それは、自ら道を切り拓いて来た師匠の猪木自身、そして、その猪木相手でも、決してペースを握らせなかったムタのファイトを思い起こさせた。
2月21日の武藤の引退試合には、猪木が動画メッセージを送る計画もあった。前日20日は猪木の誕生日。武藤からの申し出を快諾した猪木は、「80歳になって最初の仕事が、武藤の引退か」と、生きる気力を見せていたという。