満員電車の通勤が無くならない「本当の理由」
3月18日からJR東日本は「オフピーク定期券」の発売を開始した。平日朝のラッシュ時の1時間半の間は使えない代わりに、通常の料金より10%程度の価格を下げたものである。通勤ラッシュの混雑を抑えるための施策の一つだ。しかし、そもそも会社員に「通勤時間を変える」という選択肢を与えたところで、どれだけの人が利用できるのだろうか。できることなら今すぐ満員電車通勤をやめたいと心の中で叫びながらも、会社や上司の方針に逆らえず、しぶしぶ通勤しているのが実情だろう。
こういった日本企業特有の出社意識は、コロナ禍のテレワーク普及率にも如実に表れている。コロナでテレワークが定着した会社がある一方、感染拡大が落ち着くや否や通常出社に戻した会社も多い。日本の企業はなぜ「出社」させたがるのか?
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在宅勤務に関する上司と部下のズレ
『日本人の承認欲求―テレワークがさらした深層―』の著者で組織論研究の第一人者である太田肇氏に聞いた。
「コロナの蔓延を受けてテレワークの導入が盛んに議論されたころ、企業研修で管理職と非管理職の双方にテレワーク導入の賛否について話し合ってもらいました。すると非管理職には賛成派が圧倒的に多かったのに対し、管理職は反対派が多数を占めたのです。同時に非管理職である部下からは、『必要がないのに出社を命じられる』『上司から以前より頻繁に報告を求められるようになった』という声が多く上がりました」
仕事柄、さまざまな会社の管理職と交流機会がある太田氏は、なぜ部下を「出社」させるのか理由を尋ねてみた。
「実は『出社』させたがる上司側の意見は、その大半が仕事に具体的な支障があるからというより、職場の一体感が薄れるとか、まとまりがなくなるといった抽象的な理由でした。
確かに上司の立場からすれば、目の前に部下がいないと管理が難しい。まじめに働いているか、間違った仕事をしていないか不安になるのは理解できます」
海外では珍しい大部屋制度
こうした上司と部下のズレは在宅かテレワークか、といった点だけにはとどまらないと太田氏は指摘する。
「日本企業の多くは、上司と部下が一緒のフロアで働く大部屋制度です。大部屋で一緒に仕事をしていると部下どうしの何気ない会話やちょっとした態度の変化も伝わってきます。それによって自分がどれだけ部下に受け入れられているか、自分の指示に対して部下がどう反応するかが分かります。このような状況下に長らくいた上司の中には、テレワークでは、そうした細かい情報が得られないと考える人は少なくないでしょう」
確かに、海外のドラマなどで描かれるオフィス風景では、上司には個室が与えられ部下とは明確にスペースが区切られている。もっというと、トイストーリーなどの作品で有名なアメリカのPixarでは、社員一人一人に入社初日から個室が与えられるという。周囲の視線を気にせず思う存分クリエイティブに働けるというわけだ。
一方、「釣りバカ日誌」では一部上場企業の役員である佐々木さんと、万年ヒラ社員の浜崎伝助がフラットに机を並べている。そもそも、一体なぜ日本企業では管理職が部下と一緒に大部屋で働きたがるのか。
「大部屋で仕切りのないオフィスでは、上司が部下の仕事ぶりを常にチェックできます。そのため部下は、上司の視線や言動をいつも気にしていなければならない。さらに、取るに足らないひと言や、表情、態度、服装、身なりの変化にも部下は耳を傾け、注目する。それが上司の承認欲求を満たしてくれるのです。
加えて、日本では管理職が個室に入らず、大部屋で部下と一緒に仕事をすると、オープンマインドで部下とのコミュニケーションを大切にする民主的な管理職だと評価されがちです」(同)
新卒市場において重要な要素
「上司が部下を管理しやすい」「部下の行動によって上司の承認欲求が満たされやすい」このような理由が根本にあるからこそ、日本ではなかなかテレワークが普及せず、満員電車の混雑が無くならないというのは非常に納得がいく。
しかし、これからは日本企業であっても優秀な人材を確保するためには、このようなシステムを大きく改める必要がある。なぜなら幼少期からネット環境がそばにあり、コロナ期間はWEBで授業を受けた学生たちにとって、在宅制度がない、満員電車通勤がある企業はそれだけで選択肢から外れる可能性があるからだ。
事実、株式会社学情が、2024年3月卒業(修了)予定の大学生・大学院生を対象に行ったアンケートでは、就職活動において、「勤務スタイル(出社かテレワークか)」を「意識する」と回答した学生は6割を超えている。本アンケートに答えた学生からは、「働き方の選択肢が多い企業は魅力を感じる」「長く働ける企業に入社したいので、子育てをすることも見据えてテレワーク制度の有無は確認するようにしている」といった声も上がっている。
時差出勤やテレワークはそこで働く社員だけでなく、未来の社員のモチベーションにもつながる制度である。部下の管理に悩む上司は、新しい時代に沿った新しい管理法を模索する必要がありそうだ。