農産物ではなく「知的財産」の輸出で活路を開け――窪田新之助(農業ジャーナリスト)【佐藤優の頂上対決】

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 農業従事者の高齢化が進み、いよいよ「大離農時代」が始まる日本。これを機に農業の集約化・効率化を行い、輸出も含めた農業の強靭化を図るべきだが、農水省も農協も見当違いの施策ばかりを行っている。これからの日本農業は何を目指せばいいのか。気鋭の農業ジャーナリストによる提言。

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佐藤 窪田さんは日本農業新聞の元記者で、現在は農業ジャーナリストとして現場を幅広く取材しておられます。同じジャーナリストの山口亮子さんとの共著『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)を興味深く拝読しました。ここで窪田さんが強く訴えているのは、日本はこれから「大離農時代」を迎え、それがチャンスになるにもかかわらず、うまく生かせる状況にない、ということですね。

窪田 5年に1度行われる「農林業センサス」という農業版国勢調査があります。直近の2020年版の農家数は107万6千で、前回調査から30万2千減り、過去最大の減少となっています。減少率もマイナス21.9%と過去最大です。

佐藤 毎年6万以上減っている。

窪田 その2020年版の農家の平均年齢は67.8歳ですから、現在は70歳前後でしょう。だいたいの農家は70歳になったのを機に、辞めていきます。つまりこれから間違いなく大離農時代がやってくる。

佐藤 もう始まっている感じですね。

窪田 ただ、減っているのは零細農家です。現在の農家は、収入にして年間40万~50万円ほどの兼業農家が圧倒的に多いのですが、これまで彼らはいわゆるプロ農家と同列に扱われてきました。つまり農家として成り立っていないのに農家として温存されてきた。このためプロ農家への農地集約が進まず、合理化ができなかったという経緯があります。

佐藤 その彼らが退場するわけですから、農業全体としては効率化のチャンスだということですね。

窪田 はい。そもそも農家が減っても問題はありません。農家のうち売り上げが1千万円以上あるのは全体の1割強で、彼らだけで全販売金額の約8割を占めています。一方、売り上げが100万円以下の農家は5割以上いるのに、全販売金額の5%にも満たない。

佐藤 つまり零細農家がどれだけ減っても農業に大きな影響はない。

窪田 ええ。それなのに農水省は農家の減少が由々しき事態であるかのように言い続けているんですね。

佐藤 では、これから農業は正常化していくことになる。

窪田 それならいいのですが、農業全体に閉塞感が漂っていて、この大離農時代をチャンスに変える力が弱いのです。これまで農家は守られてしかるべきだという発想でやってきましたが、そこから脱却できていない。

佐藤 農協という組織もありますし、そこはなかなか変われないでしょうね。

窪田 農協にはさまざまな問題がありますが、農家が多いほど手数料が入ります。ですから零細農家をいまなお温存させようとしていますね。

佐藤 また、農業には政治も大きく絡んできます。

窪田 日本の農業は戦後、農協と農水省、そして農林族議員の3者で「農政トライアングル」を形成し、それぞれけん制しながら、ウィン・ウィンの関係を作り上げてきたんですね。それを壊したのが安倍政権で、官邸主導型の農業に変わりました。

佐藤 そこで全中(全国農業協同組合中央会)が解体されましたね。

窪田 はい。全中は農協法に則った、各地の農協の監督機関であり、指導機関でした。それが2015年の農協改革によって一般社団法人化されます。つまりはあってもなくてもいい組織になった。監督指導も、やってもやらなくてもいい。

佐藤 ただし、まだまだ存在感はあります。

窪田 ええ、強いです。職員は百数十人ほどですが、いまも年間60億円のお金が全国の農協から入ってきますから。安倍政権はこの農協改革とともに、「攻めの農業政策」を推し進めました。

佐藤 「農業の成長産業化」ですね。

窪田 具体的には、輸出拡大やスマート農業の推進、またコメの減反政策の廃止と市場の創出、種苗法の改正、種子法の廃止、園芸農業の推進などですが、それらがうまくいっていない。

佐藤 そもそも農作物の輸出額が、統計上のまやかしであると指摘されていますね。

窪田 2013年に安倍政権は「農林水産物・食品の輸出額1兆円」を打ち出しました。農水省はこれを2022年に達成したと発表していますが、その4割を占めているのが加工食品なんですね。

佐藤 チョコレートやコーヒーなど、輸入した原料を加工した食品がたくさん入っている。

窪田 さまざまな加工食品の材料となる大豆やお菓子の原料である小麦もほとんどが輸入です。だから1兆円超えといっても、日本の農業の力ではない。これを経産省が言うのならともかく、農水省が言うのはどうかしています。

佐藤 国産農産物で作られた加工食品でなければ意味がない。

窪田 国産農産物に限って計算してみると、2021年で2千億円強にしかなりません。2020年の農業総産出額は8兆9370億円ですから、2千億円は約2%です。こんなわずかな輸出額では農家の所得増加につながるわけがない。

佐藤 政府は新たな目標も設定しています。

窪田 2030年に5兆円にするというのですが、最初から無理筋の話ですね。

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