「うちの弁当はイベントや集まりでお使いになるのは危険です…」 創業170年「日本橋弁松」の社長が語る“メッセージの真意”

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ツイッター動画の正体

 ところで、冒頭で紹介したツイッター動画だが、タネを明かせば、あのカレーや麻婆豆腐の動画は、工場スタッフのための、まかない料理だった。

「2020年が弊社の創業170年だったので、正月に永代工場に柳家三語楼師匠に来ていただき、古典落語の人情噺『子別れ』をやっていただきました。上中下の三部構成なんですが、ふだんは有名な下の巻しかやらない。ところが上の巻に、『弁松』の赤飯や煮物が登場するんです。170年の節目に、ぜひ社員スタッフたちに知ってもらいたかった」

 これが好評で、今度は外部に向けてのアピールを考えていた矢先、コロナ禍となってしまった。

「そこでツイッターを始めることにしました。“中の人”には、自由にやってくれと言ってあります」

 当初は社の歴史や弁当の紹介だったが、やがて動画を投稿するようになった。

「弁当の調理風景だと、1年中、同じ映像ばかりになるので、まかない調理にしたようです。メニューは担当者まかせ。3人ほどの職人が交代でつくっています」

 予算が限られているが、さすがはプロの調理人だけあって、

「弁当の食材で残ったものをよく使っています。たとえば筍などは、端の堅い部分は弁当には使えない。それらを捨てずに取っておいて細かく切って使う。蒲鉾の端も、よく使っていますね」

 よほど多忙な時はレトルト食品などですませることもあるが、基本的にすべて手づくりである。好評なのは豚汁。具材も多く、野菜もタップリ。カレーもよく作るが、意外と日本風のカレーは、外国人スタッフの口には合わないという。

 工場での仕事を終えて食事をとるのは、朝の8時か9時頃になる。その後、“中の人”が90秒ほどに編集してから投稿している。

「当初は朝の通勤時間帯だったのですが、最近は、いろいろな時間帯に投稿しているようですね。まかない調理以外のバラエティに富んだ内容も増えてきて、私も楽しみにしています」

 いうまでもなく年末年始以外は、年中無休である。人々が寝ている時間に働いて、毎日1,000個もの同じ味の弁当をつくる。「弁松」は、ただひたすら、それを170年余、続けてきた。

「実は、『弁松』当主は、代々、早死になんです。五代目・梅三郎がもっとも長命で、それでも享年60。あとはすべて50歳代で亡くなっている。私の父も56歳で急逝し、私は26歳で社長を継がなければなりませんでした。深夜に働く労働環境のせいかもしれません。それだけに、まかない食事は、ささやかな安らぎのひと時でもあるんです。ツイッター動画から、そんなことも感じていただければ、とてもうれしく思います」

 明日は、どんな動画が投稿されるだろうか。ただしくれぐれも、朝食抜きではご覧にならないように。念のため。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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