「池袋暴走事故」から4年、松永拓也さんが明かす「常に悲しみの淵にいる遺族像」との葛藤

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「色眼鏡で見られるのはやはり苦しい」

「リアルを見せることは再発防止につながると信じています。そこはブレない。でも同時に辛い遺族像を作ってしまうことで、他の遺族もそういう目で見られる可能性があります。だから矛盾はしていますが、色眼鏡で見られるのはやはり苦しいんです」

 かといって「回復した」と思われるのもまた違う。ゆえに遺族感情は複雑かつ繊細なのだ。

 かつて3人で暮らした部屋の壁には、事故が起きた2019年4月のカレンダーが掛けられたままだ。松永さんは、今年の命日が近づいてきたある日、真菜さんが日付欄に綴った文字をふと見た。それは事故から4日後の予定で、莉子ちゃんは初めての英語教室を楽しみにしていた。

「彼女たちの時はここで止まっている。でも自分は進み続けているんだなと思って気分が滅入りました。まあ、4年経ちましたから、ある程度自分の心との付き合い方を学んできたといいますか。でも命日が近づくと、特に当日よりは前日のほうがしんどいです。なるべく穏やかな心で迎えられるようにしたいなとは思っています」

 松永さんは今日、真菜さんと莉子ちゃんが亡くなった午後12時23分、東池袋の事故現場で静かに祈りを捧げる。

 事故から4年が経っても、遺族として葛藤を続ける松永さん。一方で、法廷での争いも、まだ終わってはいなかった。

(以下、「後編」に続く)

水谷竹秀(みずたにたけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。昨年5月上旬までウクライナに滞在していた。

デイリー新潮編集部

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