「長嶋茂雄」、「野村克也」があり得ないミスを…名将の思わぬ“チョンボ采配”

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“幻の交代劇”

“チョンボ”といえば、巨人・長嶋茂雄監督も現役時代から三角ベースやベース踏み忘れなどの珍プレーを演じているが、監督時代にも“うっかり采配”が1度ならずあった。

 ルール上、投手交代が認められず、同点を許す結果を招いたのが、1980年4月12日の広島戦である。

 4対3とリードの7回、永本裕章が四球と安打で1死一、二塁のピンチを招き、3番・衣笠祥雄を迎えた場面で、「山崎(隆造)、高橋(慶彦)と足の速い走者が出たので」と警戒した土井正三コーチがマウンドに足を運び、内野手を集めて注意を呼び掛けた。

 直後、衣笠が一塁線に鋭いファウルを放つと、今度は長嶋監督がベンチを出て、山本文男球審に鹿取義隆への交代を告げた。

 前年までなら問題はなかったのだが、この年から試合のスピードアップを目的に「監督、またはコーチは、その時の打者が攻撃を続けている限り、再びその投手のもとへ行けない」とルールが変更されたことがアダになった。

「土井コーチがマウンドに行ったのは、その前の打者(高橋慶)のとき」と勘違いしていた山本球審は、1度は鹿取への交代を認めたものの、岡田功二塁塁審のアピールで“幻の交代劇”となり、すでにベンチに下がった永本が続投することになった。

 これには、マウンドで投球練習中の鹿取も「永本がどうの、ルールがこうのという声が聞こえて、“(ブルペンに)帰ってこい”と手招きされた。何が何だか」と目を白黒させる。

 一方、「おい、もう1度投げてこい」とマウンドに送り返された永本は「気抜けしたなんて思われたくなかったから、それまで以上のファイトを燃やした」が、衣笠に対し、カウント2-1から「3ボールにしたくなかった」と投じた4球目が甘く入るところを中前に打たれ、同点を許してしまう。

 うっかりミスで引き分けに終わった長嶋監督は試合後、「わかっていたけど、ちょっと勘違い……」と浮かない表情だった。

 99年6月22日の中日戦でも、同点の6回に同様のミスで入来祐作を続投させることになった長嶋監督だが、“仕切り直し登板”の南真一郎が2死一、三塁のピンチを断って7回の勝ち越しにつなげ、結果的に選手に助けられている。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮編集部

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