奇妙な「下着泥棒事件」で考えた報道被害 下着の値段まで知られるのは二次被害では(中川淳一郎)

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 もう何が何やら分からない珍事件が発生しました。以前、「札幌の街で熊が現れた後、マスクを着けた全裸男が局部を手で隠しながら路上に登場」というネタを紹介しましたが、今回の舞台は熊本。48歳会社員の男が、部下の20代女性の部屋に侵入し、逮捕されました。この1年以上にわたって数十回侵入を繰り返したというのです。

 この男は彼女の部屋の合鍵を持っていたそうで、読売新聞オンラインによると〈ショーツとストッキング計3点(時価計2200円相当)を盗んだ疑い。男は「性的欲求を満たすためだった」と容疑を認めている〉とのこと。そして記事はこう続きます。

〈午後9時頃、女性が知人と帰宅した際、クローゼットから出てきた男の姿が、部屋の鏡に映っているのを知人が見つけた。男のバッグには女性の下着が入っており、クローゼットには合鍵が落ちていたという〉

 彼女の恐怖たるや察するにあまりある。この事件、勝手に想像すると不思議ポイントが多数出てくるのですよ。(1)なぜ合鍵を持っていたのか(2)数十回も入り、ある程度の量の下着は盗まれていただろうに女性はなぜ気付かなかったのか(気付いていたのか?)(3)職場でこの二人は日々どのように接していたのか? 本誌(「週刊新潮」)「黒い報告書」にも扱っていただきたい案件ですが、下着泥棒の心理というものを本当に知りたいんですよ。

 恐らくその下着と彼女を結び付けて臭いをかいだりしながらいろいろと下半身に手を伸ばし何やら激しく動かすのでしょうが、ここでまた不思議なのが、「興奮するための道具として、普通にエロ動画ではダメなのか?」ということです。住居不法侵入・窃盗までしてなんで下着が欲しいのか……。

 まぁ、この男には罪は償ってほしいですし、懲戒免職になるかもしれません。そして哀れなのが被害者の彼女。職場では臆測から「あの男と昔付き合っていたんじゃないの?」なんてヒソヒソささやかれ、職場にいづらくなるかもしれません。

 というわけで、この事件の表面をたどるだけでこんなにさまざまな疑問と人間模様を類推できるのです。

 一方、事件を深掘りすると途端に哀愁も感じられる。

 まず、読売の記事では「知人と帰宅」とありますが、別の記事を見ると「知人男性」とあります。これって、この20代会社員女性の彼氏ということ? もしや48歳の上司は、彼氏がいる女性に余計な恋心を持っていたのでは? そして恐らくその場ではその若い彼氏が「お前、何者だ!」と詰問し、110番通報をするまで徹底的に48歳男をシュンとさせたことでしょう。

 さらにこの女性、気の毒なことに。「ショーツとストッキング計3点(時価計2200円相当)」ってわりと安くありませんか……。

 報道というものを考えると「どこまで言うか」を配慮すべきではないでしょうか。だって、この彼女、すでに「もしかして48歳男と職場で付き合ってたんじゃない?」なんて疑惑をかけられているうえに、「あのさ、計3点で2200円って安過ぎない?」などと余計な揶揄までされてしまうわけです。この記事、報道従事者には日頃の姿勢を見直すべく重視してほしい。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2023年4月13日号掲載

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