【叡王戦】藤井六冠が菅井八段に先勝 対局後、大盤解説場が笑いに包まれたワケ
粘りを見せるも…
休憩を終え、藤井が「3五歩」と3筋から仕掛けてゆくが、菅井が9筋で仕掛けてからはほぼ9筋だけの攻防になる。藤井の玉は上方がスカスカに見えたが、「6八」に据えた角が守っており、王手がかけにくい。菅井は藤井陣の奥「1九」に馬を作ったが、藤井が「4六」に打った桂馬が馬の効きを遮断した。藤井は菅井の守り駒を一枚ずつ丁寧にはがすように攻め、リードを広げる。菅井は両手を畳に着けた前傾姿勢で体を少し前後にゆすったり、天井を見上げたりしながら反撃の機を狙う。120手目くらいから勝機は見えなかったが、それでも菅井は粘る。
木村九段は「あっさりと投げてしまう棋士もいますが、菅井さんの粘りはすごい。この一番に対する思いが感じられます」と称賛していた。藤井の差し手はハイペースになり、菅井の一手一手を「読んでいました」とばかり、ぱっぱと指す。先に時間を使い切り「1分将棋」になっても落ち着いている。そして147手目に龍を「4三」に動かすと、王手ではなかったが、万事休した菅井は投了した。
9筋の攻防の最中、菅井は金と銀を手にしたので、藤井は間違うと詰まされる危険があったが、自陣の「9九」に香車をさっと打って守った。木村九段は「藤井さんは鋭い寄せが評価されてきましたが、受けも素晴らしい」と評価した。「千駄ヶ谷の受け師」と言われる受けの名手で、元王位の木村九段にそう称賛されるのだから、もはや藤井は「鬼に金棒」だ。
対局中は久しぶりにマスクを外していた2人だが、対局後、記者たちが入ってくる直前にマスクを着けた。
藤井は「『9五』の歩を生かせるかどうかがポイントでした。どういう形で戦いを起こしていくか、わからないことが多かった」などと話した。記者に「タイトル戦で戦った藤井叡王の印象は?」と問われた菅井は、「それは最後に」と笑って答えた。タイトルを藤井から奪取した時か、それとも失敗した時か。
「あの写真、取り換えて」と菅井
2人は感想戦の前に大盤解説場に現れた。
司会は振り飛車の名手でタイトル歴7期の実力者・久保利明九段(47)だった。菅井は久保の振り飛車を手本として研究してきたという。菅井は「そこが振り飛車党の弱点なんですよ」と軽妙に笑わせ、最後に会場のスクリーンに映っていた自分の写真を指して「あの写真、取り換えてほしい」と訴え会場は大爆笑。聞けば、二十歳の頃の写真とか。悔しさを押し殺して明るく振る舞い、気持ちを次へ切り替えていた。
初戦で「最高の振り飛車」を見せることはできなかったが、木村九段は「攻めの振り飛車の菅井さんですから次の先手番は楽しみです」と期待した。
大山康晴十五世名人(1923~1992)以来、振り飛車党には「御三家」と言われた藤井猛九段(52)、久保利明九段、鈴木大介九段(48)がいたが、まだ少数派だ。
それでも今春、「地獄の三段リーグ」を勝ち抜いて念願の棋士になった3人のうちの1人、森本才跳(さいと)新四段(21)は振り飛車を得意にするとか。女流トップの里見香奈・女流五冠(31)も振り飛車党。少しずつ復権している。
振り飛車は序盤にきちっと駒組をすれば、すぐには攻め込まれないので、居飛車の戦いのように最初からハラハラすることは少なく、精神衛生上もよい。筆者も高校で将棋が流行していた頃、大山名人の三間飛車や四間飛車、美濃囲いなどを真似したものだ。
ABEMAで解説していた木村九段の話はとてもわかりやすかった。この日、聞き手の女流棋士に突然、「足し算は得意ですか?」と尋ねた。彼女が「苦手です」と答えると、「それは想定外の答え。私は足し算ならできるんですよ」と言って「ここには菅井さんの駒は3枚、藤井さんが4枚効いている。1枚多いから藤井さんが勝ってしまうんです」などと説明した。
ある桝目に効いている相手の駒の枚数と自分の駒の枚数を数えて、多いほうがそこを制圧すると考えればわかりやすい。必死に先の盤面の形を読む手間も省けるか。それはわかっていたが、木村九段が解説すると、弱くてとうの昔に将棋をやめた筆者までが「またやってみるか」という気持ちになり、これが木村解説の魅力だ。
木村九段は本局について「端歩(はしふ)を藤井さんに伸ばさせて穴熊にせず美濃囲いにするとか、菅井さんのほうがいろいろとやってみた感じです。それを藤井さんが咎めていって勝利に結びつけた」と総括した。
「咎める」とは一般に「非難する」「落ち度を責める」の意味だが、将棋用語では、相手が理にかなわない駒組をしたり、無理な攻めを見せたりした際、「それはちょっと違うんじゃないの」とばかり、ミスを的確に突いて優位を築いてゆくという独特の意味を持つ。ある意味、横綱相撲というか、極めて正攻法の対応である。
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