子どもたちが「なりたい職業」に「会社員」と答える理由 アンケートの手法自体に問題も(古市憲寿)

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 第一生命保険が全国の小中高生に「大人になったらなりたいもの」を聞くアンケート調査を実施している。最新の結果では小学生女子を除いて「会社員」が1位だった。特に男子の場合は、小中高すべてで「会社員」が3年連続1位だという。

 小学生男子でさえもスポーツ選手より「会社員」が人気なのは興味深い。ちなみに「野球選手」は「公務員」と同率で6位だった。

 夢がないと思うだろうか。だが時代が一回りしたとも解釈できる。

 たとえば100年前の日本で「サラリーマン」は憧れの仕事だった。当時の日本はまだ農業国。1930年の「国勢調査」によれば、就業者の48%が農業従事者だった。都市部も露天商をはじめ自営業者が多い。

 要するに大部分の人の仕事が不安定だったのである。今のような保険制度もほとんどない時代だ。仕事があってもなくても毎月決まった額の給料がもらえるサラリーマンというのは、夢のような仕事だったのである。

 会社員が一般的になったのは戦後のことだ。大きな分水嶺は高度成長期前後だろう。国も政策として自営業者を減らして、企業で働く労働者を増やそうとした。そもそも物価高騰で、新規開業も難しくなった。

 結果として、仕事をしている人の約9割が「会社員」(雇用者)というサラリーマン国家が誕生した。少し前の時代、会社員は、「平凡でつまらない人生」だったり「なりたくないもの」の代名詞だった。なぜなら誰でもなれそうだからである。

 どうして現代の子どもは会社員に憧れるのか。100年前と同様に、不安定な社会に安定を求めているのかもしれない。面白みのない人生という予感がしても、先の見えない職業よりはマシに思うのだろうか。

 もしくは、こうしたアンケートには無難に答えるのがいいと思っているのかもしれない。そういえば僕も小学校の卒業式の、将来の夢を発表するコーナーで「公務員」と言ったことがある。本当に公務員になりたかったというよりも、そう言えば収まりがいいと思ったのだ。小学生は大人が考えるほど子どもではない。

 そもそもアンケートの手法自体にも問題がありそうだ。ランキング上位には「会社員」の他に「パティシエ」や「美容師」などが並ぶのだが、雇用形態と職業が混同されている。

 その意味で「会社員」という答えは万能である。ひとえに「会社員」や「公務員」と言っても内実は多様だ。自分で社長をしていない限り、ほとんどのパティシエや美容師は「会社員」だ。プログラマーも企業に雇われている場合が多い。会社員のYouTuberもいるだろう。同様に、霞が関で働く官僚も警察官も公立保育士も「公務員」だ。

 村上龍さんの『13歳のハローワーク』が秀逸だったのは、子どもに将来の夢を聞く大人でさえ、世の中にどんな職業があるのか大して知らないのを看破したことだ。闇雲に「なりたいもの」を聞いてもあまり意味がないと思う。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年4月13日号掲載

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