従業員の幸福度が高まれば企業は成長する――前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)【佐藤優の頂上対決】
幸福度の低い日本人
佐藤 世界的に見て、日本人の幸福度は、先進国で最低だといわれています。国連の関連団体が調査する世界幸福度ランキングでは例年50~60位くらいで、2022年度は54位でした。これはなぜなのでしょう。
前野 まず日本人の多くが、先天的に「心配性遺伝子」とも言うべき遺伝子を持っています。セロトニンという脳内物質は、減ると気分が落ち込み、不安を感じます。この分泌を調整しているのが「セロトニントランスポーター遺伝子」です。その分泌が少ない「S型」と多い「L型」があり、その組み合わせで「SS型」「SL型」「LL型」の三つの型になるのですが、「SS型」の人がとりわけ不安を感じやすいんですね。
佐藤 つまり日本人には「SS型」が多い。
前野 全体の64%を占めているといわれています。これは日本に天変地異が多いことや、稲作が小麦を作るより天候に左右され難しいことなどの環境要因が関係していると考えられています。長い歴史の中で、心配ばかりしている人が生き残ってきた。それが日本人です。
佐藤 確かに日本には、地震、津波、台風、火山噴火とさまざまな災害があり、その頻度も高い。
前野 もう一つは、戦後の日本社会のあり方でしょう。欧米に「追いつき追い越せ」で、自由に新しいことをやるよりは、企業を護送船団方式で守り、均一な教育で画一的な人材を作ってきた。そこでは個性を発揮したり、イノベーティブな発想が求められたりしませんでした。そして経済が縮小したバブル後の30年には、競争力が下がり、すっかり自信を失ってしまった。だから大きな歴史、戦後の歴史、そして最近の状況の三つが絡み合って、幸福度が低くなっているように思います。
佐藤 二つ目の「追いつき追い越せ」は、また加速しているように見えます。その一例は中学受験です。いま御三家や慶應、早稲田の附属などトップ校を受けるなら、知識レベルは高校2年くらいまで必要なんですね。中堅校でも中学2年くらい。だから学習指導要領の枠内で勉強していても、絶対受からない。
前野 確かに過酷な状況になっていますね。
佐藤 受験対策をするには、塾に行かなくてはなりません。小学4年生では年間50万円ほどですが、5年生で100万円、6年生で家庭教師をつけたりすると総額で200万円くらいになる。
前野 子供が頑張っているなら、親は出してしまいます。
佐藤 中学受験を描いたコミック『二月の勝者』には、志望校への合格は「父親の経済力と母親の狂気」とあります。世の母親たちがマニュアルとして読んでいるらしく、累計で300万部も売れているそうです。
前野 日本人は自己肯定感も低いのですが、小学3年生からガクンと下がるんですよ。
佐藤 中学受験の勉強開始と重なりますね。
前野 それまでは、勉強ができてもできなくても「それでいいんだよ」という感じで過ごしてきたのに、受験勉強を始めるといや応なく競争社会に巻き込まれてしまう。そこから自己肯定感が低くなり、それが大人まで続いている。
佐藤 戦前はまだ日本人の自己肯定感はそれなりに高かったのではないかと思います。
前野 私もそう思いますね。
佐藤 大学でも旧制中学、旧制高校から大学に進むコースと、貧しい家庭なら学費が不要の陸軍士官学校、海軍兵学校から陸軍大学校、海軍大学校に進むコース、師範学校、高等師範学校と進むコースがあった。他にも高等工業学校から工業大学、高等商業学校から商科大学へも進むことができました。
前野 ドイツみたいに多様な専門家が輩出する仕組みがありました。
佐藤 それが単線化してしまった。
前野 日本がマネをしてきたアメリカは単線化していないのに、どうしてなのでしょうね。マネをしたつもりで間違ってしまったのか。
佐藤 だから急に多様な人材と言い出しても、どこにもいないわけです。
前野 いま企業は創造性の高い人材を求めています。でも中学から大学までは従来通りの教育をしている。学生たちにしてみれば、ずっと「与えられた問題を解きなさい」と言われて素直に解いてきたのに、社会に出ると「創造性を発揮しなさい」とか「問題を発見しなさい」となる。これでは彼らがかわいそうです。
[2/4ページ]