【名人戦第1局】渡辺明名人に先勝 藤井聡太六冠の「攻めるか、守るか」の判断について感じたこと

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藤井は「自信のない局面が多かった」

 加藤一二三九段(83)は本局の藤井について、このように分析した。

《歩を突き捨てて桂を跳ねる。この桂が、最後まで渡辺玉の「退路封鎖」に役立ちましたから。本当に「桂使いがうまい」棋士だと感じます》(日刊スポーツ3月7日付「ひふみんEYE」より)

 渡辺については、《中盤、2筋の歩を突きましたが、そこで3筋の歩を突いて、飛車と銀で攻めれば有望でした。筋違いでしたね》(同)としている。確かに2筋からも3筋からも攻められそうな形だったが、もちろん筆者などにその優劣はわからない。

 局後、破れた渡辺は「仕掛けを後手に与えてしまい、面白くない展開になった。2日目は一手遅れている感じがずっとあり、苦しめの局面が多く、最後まで差が埋まらなかった」と話した。勝利した藤井は「自信のない局面が多かったが、終盤は居玉が王手のかかりにくい手になり、それを生かせていいスタートが切れた。2日目の夕方に休憩があるなど、持ち時間8時間の対局と違う感覚があった」と語った。

「王手のかかりにくい形」と言ったが、偶然そうなったのではなく、藤井が龍を我慢して8筋からずらさなかったため、渡辺が角で反対サイドの8筋から藤井玉に王手することができなかった。

 名人戦は持ち時間が9時間と最長だ。「違う感覚」と言いながら、二度にわたる大長考も、きっちりとその時間差を見極めたものなのだろう。

 自玉に守りの金や銀をべたりとくっつけず、一見、危なっかしく見える「居玉」で戦う感覚、ABEMAで解説していた黒沢怜生六段(31)は「この将棋を居玉で戦うとは。藤井さんはやはりすごい」と脱帽していた。それでも終盤、渡辺に王手を指されて逃げた時は銀を引いて自玉に近づける。アシスタント役だった山口恵梨子女流二段(31)が「ここへ来て囲うんですね」と驚いていたが、普通は序盤でやることを終盤でさっとやってのけるのだ。

「攻めるべきか、守るべきか」に出る天性

 将棋というゲームは「攻める時か、守る時か」の判断が最も難しいだろう。攻め方や守り方は詰将棋の本や定跡本などでも学べるが、実戦でのこの部分は天性や勝負勘といった要素が多いように感じる。とりわけ藤井将棋を見ていると、その感慨が深まる。

 詰将棋は詰むことがあらかじめわかっている。しかし実戦では、詰むと思って持ち駒を使い果たし、そこで詰まなかったら一巻の終わりだ。藤井はつまるところ、「守るべきか、攻めるべきか」の判断に優れるのだろう。

 以前の藤井は「ここは守るはずだ」と思った時に大胆に攻めて驚かせることが多かったが、最近は解説陣の「攻め時でしょう」といった予想に反してさっと守ったりもする。対人の将棋やAIでの勉強、研究等でそうした判断もある程度は磨かれるだろうが、基本的に「攻めるか、守るか」の判断は生まれ持った天性ではないだろうか。

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