【名人戦第1局】渡辺明名人に先勝 藤井聡太六冠の「攻めるか、守るか」の判断について感じたこと

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 藤井聡太六冠(20)が40年ぶりに最年少名人の記録を達成するか。それとも渡辺明名人(38)の4連覇か。第81期名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社、朝日新聞社)の第1局が4月5日、6日の両日、ホテル椿山荘東京(東京都文京区)で開催され、挑戦者の藤井が渡辺に110手で先勝した。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

AI研究が役に立たない「力勝負」

 最近の対局は、序盤に角を交換する「角換わり」が多い。今対局は渡辺が「6六」に歩を進めて角道を塞いだことで角交換はなくなった。角換わりになると、早い段階から大駒が持ち駒になることなどで進展が早くなりやすいが、今回は角換わりではない上、AIによる「研究局」からも全く離れた「力将棋」となり、最初から極めて遅い展開となった。

 AIなどで研究した構想が両者で一致すると、あるところまではバアーっと進む。しかし今回は、渡辺がAI研究を頼れない「未知の世界」に誘導して経験の豊富さを生かした戦いに持っていく。これに対し藤井は慎重に見極めて対応していた。

 そのため、なかなか戦端が開かれない。双方、いわゆる「雁木(がんぎ)」という陣形だが、藤井は居玉のままで、左右どちらにでも玉が逃げやすいバランスの良い形で対抗した。玉をがっちりと囲ってから闘うタイプの渡辺は振り飛車党ではないが、かつての大山康晴十五世名人(1923~1992)と似たところがある。

 昼食休憩の後、渡辺は27手目で「3五歩」と、藤井の角の頭を脅かす手を指した。 ここで藤井の手がぱたりと止まってしまう。そして1時間38分考えた末に、そこへは応対せず「6三銀」として自玉の上方を強化した。午後からも手数は進まず、渡辺に歩で止められた飛車を藤井が「8三」へ引いた時点で、午後6時半の「封じ手」となった。早い展開の将棋なら1日目の午前中で70手くらい進むが、この時点でまだ43手目だった。

「藤井さんでなくてはできない手です」

 2日目の朝9時、立会人の中村修九段(60)が開封した渡辺の封じ手は「7九玉」。地味な守りの手だった。藤井はどこまでも慎重だ。これに対して「9五歩」と端歩をぶつけて来るのに34分使った。

 2筋から攻める渡辺が「2五歩」とすると藤井は再び手が止まる。今度は1時間47分も考えた末に「3五歩」と応じた。

 その後、藤井は飛車が成り込んで龍を作り、渡辺玉を脅かす。さらに、早い段階で「6五」へ跳ねていた藤井の桂馬 が渡辺玉の上部脱出を阻む。相変わらず「桂の高跳び歩の餌食」など何するものぞの藤井の桂馬の使い方は独特だ。

 渡辺は83手目で角を隅っこの「1一」に成り込んで馬を作り、42分の長考で「2一」へ寄せたが、まだ藤井玉は遠い。藤井は90手目に、それまで長く自陣の「4二」に据えていた角を一挙に「1五」に運んで渡辺玉の真横を狙う。渡辺はこの時、「4二銀」と初めて王手をかける。藤井は慎重に玉を「6一」へ逃がした。渡辺は「3二」に動かした馬を「5四」へ引き、藤井玉の上部脱出を防ぐ。

 藤井玉も安泰ではなくなり、守りの手を指すかと思った瞬間、先の「1五角」が効いている(ヒモになっている)「4八」へ金を打った。ABEMAで解説していた森内俊之九段(十八世名人資格=52)は「藤井さんでなくてはできない手です」と舌を巻いた。

 渡辺は粘りを見せたが、110手目に藤井が角を「2七」へ打つと、即詰みはなかったものの手がなくなった渡辺は投了した。午後8時39分だった。

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