紀里谷和明監督「非常に偏った人間になっちゃったのも事実」 最新作が“最後の作品”になるまでの苦悩

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「バンドが解散する時に似ている」

「CASSHERN」(2004年)での華々しい映画監督デビューから19年。4月20日で55歳になる紀里谷和明監督は、「絶望しか見えないこの世界は救われるべきか?」と問う最新作「世界の終わりから」(公開中)を発表した。だが、その完成披露試写の舞台あいさつで、「映画ではない領域も見てみたい。一度、映画作りをストップさせて違う道へと歩む」と宣言する。そのため同作は「最新作にして最後の作品」としても注目されることになった。

「世界の終わりから」の製作費は、紀里谷作品のなかで一番の低予算となる。だが、この作品は彼にとって「一番クリエイティブな作品になった」ようだ。そんな手ごたえを得た作品を世に送り出しながら、紀里谷監督は“店じまい”を図る。

「これから何をやるかは白紙です。考えてみれば15歳から40年くらい創作の世界にいる。素晴らしい世界ですが、非常に偏った人間になっちゃったのも事実。受験も就職もしたことがない、不思議なことになっちゃったという自覚はあります。いま一度創作を止めてみないと、ものづくりを続けるにしても、ちゃんと向き合えない気がした。それが好きか嫌いかもマヒして分からないというか」

 自殺を考えるほど思いつめたこともあった。

「企画を成立させる苦しみ、プロダクションの苦しみ、それで公開した作品が批判にさらされる苦しみ。こればっかりは映画監督をやった人じゃないと分からないかもしれません。でも一番つらかったのは、人格否定ですね。僕の場合、その矛先が家族に向かったこともあって、一度ストップさせなければと思ったわけです」

 61歳の時に自殺未遂を起こした黒澤明監督を思い出す。理由は「どですかでん」(1970年)の興行的失敗とも、初のテレビドラマになるはずだった「ガラスの靴」の脚本が難航したためであるとも、ひっ迫する映画界の状況への悲観ともいわれるが、本当のところは分からない。

「レベルは全然違うけど、気持ちは分かります。創作者の多くは、それを考えたことがあると思う。そういいつつ、次の企画を考えちゃうのも性分ですよ。ミュージシャンの友だちには、『バンドが解散するときに似ている』と言われました。似たようなマインドなのかもしれません」

女性が“世界を終わらせまい”と戦う

「世界の終わりから」の主演は、17歳になった元名子役・伊東蒼。「2週間後に世界が終わる」ことが分かった地球上で、大人は無自覚にも世界を放棄し、少女・ハナにその未来を託す。ハナは、現在と戦国時代の2つの時代を行き来し、四面楚歌の状態で人類が生き延びる可能性を探る社会派SF映画だ。

 今回は紀里谷作品で初めて、女性が“世界を終わらせまい”と戦う。「CASSHERN」では、新造人間としてよみがえった男、「GOEMON」(2009年)では権力に与することをやめた五右衛門(2009年)、「ラスト・ナイツ」(2015年)では主君の汚名をそそいだライデンと全員男性。ハナを主人公にした理由こそ、本作を作るに至った根源らしい。

「これまで男性目線の作品ばかり作ってきましたが、振り返るとどれも自分。今回も自分目線ではありますが、そこから離れて、現代の政治や経済、教育の中にある不条理や絶望、あらゆる体たらくのしわ寄せを被っている人々に肩入れしたいという思いがありました。その人々とは女性で、特に女子中高校生。“トー横キッズ”と呼ばれる、行き場を失った子のなかには、売春しなければ生きていけない子もいる。援助交際、パパ活と呼び名を変えても実質は売春。どうにも抜け出せないベースには貧困がある。そんな閉塞感を抱える彼女たちの物語を作りたいと思ったわけです」

 現在の社会に感じた「閉塞感」が、紀里谷監督を映画づくりへと駆り立てた。

「閉塞感は、絶望を感じさせるくらい加速しています。以前、若者に『世界が終わって欲しいと思ったことがあるか?』というアンケートを取りました。結果は参加者の65%がイエス。確かに15歳から39歳までの死因の1位は自殺(平成30年)です。いじめ問題も絶望的に終わらない。そういう世の中と、私の中にある絶望感が、『世界の終わりから』を企画させたのかもしれません」

 閉塞感は、紀里谷監督自身も子どもの頃から感じていたものであり、作品のすべてに共通するモチーフでもある。当時のブラックな校則に縛られた状況を打破するため、大学進学用の費用を親に前借し、15歳で渡米。そこから約40年、高校とカレッジで学び、写真や絵、音楽、演劇など積極的に創作活動を行い、自身がまとった閉塞的環境は打破した。

 しかし、そうできたのは「恵まれた環境だったから」と紀里谷監督はいう。

「現状、ブラック校則も、いじめも、学校運営の状況は改善されたとはいえない。教育現場の人々も、政治家も保身と自分の利益のために見て見ぬふり。子どもたちが声を上げても隠蔽され、警察もマスコミも何十年も動かない。だったら引きこもっていた方がいいという選択肢に行きつくのも仕方がないと思います。でも経済力がなく、引きこもることすらできない子どもたちはどうしたらいいのかということなんです」

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