坂本龍一さんが愛した「タケちゃんマン」と「鬼瓦権造」 当時のディレクターは「何をやっても素敵なボケになるんです」

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

 3月28日に亡くなった音楽家の坂本龍一さん(享年71)は、日本人初のアカデミー作曲賞受賞など「世界のサカモト」として知られる一方で、「お笑い」にも高い関心を寄せており、ダウンタウンとのコラボなどが報じられている。

 坂本さんがお笑いとコラボする最初のきっかけとなったのは、80年代を代表するフジテレビの「THE MANZAI」と「オレたちひょうきん族」に出演してからである。当時の制作現場で演出を担当し、“デタガリ”の愛称で知られた「ひょうきんディレクターズ」の一人、三宅恵介氏(74)が坂本さんとの思い出を語ってくれた。

思い出の「タケちゃんマン」での対決

 1982年3月、坂本さんが高橋幸宏さん(享年70)、細野晴臣さん(75)と結成していたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が「THE MANZAI」に「トリオ・ザ・テクノ」として出演し、漫才を披露した。

「『THE MANZAI』のディレクターで、ひょうきんディレクターズの一人、ゲーハー佐藤(義和氏・2020年没)がYMOのマネジャーさんと前から知り合いだったんです。その縁で、『THE MANZAI』に出て頂いて、翌83年1月1日放送の『オレたちひょうきん族』正月特番で、YMOの3人による『三匹の用心棒』というミニドラマにも出演してもらいました」

「三匹の用心棒」の内容は「YMO警備保障」を営む三人の用心棒が、町で悪さをする三人組(鮎川誠、鈴木慶一、立花ハジメ)を退治するというストーリーで、ビートたけし(76)も出演している。ちなみにこの年5月に「戦場のメリークリスマス」が公開されており、すでに坂本さんとたけしは撮影を通して親しくなっていた。

「僕も収録に立ち会いましたが、時代劇ですから殺陣師もいるし、YMOの皆さんもカツラを被るのは初めてでした。でも、現場では緊張するというより、楽しんでやっているなという印象でした。皆さんにとっては、何もかもが新鮮で面白かったんでしょうね。その後、教授(坂本さん)には、ピンで何度か出演して頂くことになるんです」

 三宅氏が鮮明に記憶しているのは「タケちゃんマン」。明石家さんま(67)演じるアミダばばあとの対決コーナーで、だるま落としのセットの最上段に、花に扮したさんまが座る。たけしは朗読係で本を読みながら「花が咲いています。そこに一人の若者が通りかかりました」。すると、コートを着た坂本さんが現れる。続けてたけしが「若者は考え事をしており、思わず花にぶつかってしまいました」。坂本さんが思い切りだるま落としにぶつかり、さんまがコケる。すかさずたけし「じゃ、もう一回やってみましょう」と何度も繰り返す――。

「ミュージシャンとしての地位を確立している方だから、何をやっても絵になるんですね。セリフを言わなくてもいい。あの坂本さんが、こんなことをやっている。それだけで面白いんです」

 坂本さん以外でも、ひょうきんディレクターズとYMOメンバーとの接点は続いていた。

「83年当時、幸宏さんがニッポン放送で『オールナイトニッポン』を担当されていて、ひょうきんディレクターズや、プロデューサーの横澤彪さんがゲストに呼ばれて、夜中に穴子釣りに行くという企画に参加したことがあります。品川に集まって舟に乗って釣りをする、なんともいえない企画でした。その頃『タケちゃんマン』のコーナーに出た犬の顔が、妙にシュッとして幸宏さんに似ていたので、『高橋くん』という名前を付けて、しばらく出ていたことがありました。『タケちゃんマン』では既に、牛の『吉田くん』がいましたが、同じようにたけしさんが面白がって『高橋くん』と名付けたんです」

次ページ:鬼瓦権造の衣装を着て

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。