「日の丸半導体」復活を懸け「2ナノ」量産に挑む――東哲郎(ラピダス株式会社取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
IBMからの電話
佐藤 半導体は工場を持たずに設計に特化したファブレス企業と、その製造を請け負うファウンドリーがありますね。ファウンドリーの代表格は先に出てきたTSMCですが、量産には量産の技術が必要で、非常に難しい。だから大きな影響力を持つに至っている。今回はIBMがファブレスとなり、ラピダスはファウンドリーとして、その難しい量産を請け負うということですね。
東 はい。IBMは設計中心で、自らが開発した2ナノの半導体を量産できる場所を探していたんですね。それで以前から付き合いのあった私のところに話がきたのです。
佐藤 東会長は、世界有数の半導体製造装置メーカー、東京エレクトロンのトップを長年務めてこられました。IBMから話があったのは、いつですか。
東 2019年に東京エレクトロンを辞めた後でした。IBMのCTO(最高技術責任者)ジョン・ケリー氏から「IBMで2ナノのロジック半導体の開発が終わった」と電話がかかってきた。そして「これを日本で引き継いで製造しないか」と提案されたんですね。
佐藤 ケリー氏とは長い付き合いなのですか。
東 ええ。2001年の9月11日にアメリカで同時多発テロがありましたね。
佐藤 イスラム教過激派のテロ組織アルカイダが飛行機を乗っ取って、ニューヨークのワールドトレードセンタービルやバージニア州のペンタゴン(国防総省)などに突っ込みました。
東 それでニューヨーク州は甚大な被害を受けた。その翌年、ジョージ・パタキ州知事(当時)は、州を再建するにあたり、ハイテクノロジーを集めた最先端の工業地域をつくることにしたんですね。それが有名なアルバニーのナノテック・コンプレックスというハイテク複合施設になるのですが、当時、東海岸が拠点のIBMとニューヨーク州立大学、そして東京エレクトロンに声が掛かったわけです。
佐藤 すでに東さんは社長になっていましたか。
東 はい。そこでIBMとニューヨーク州と東京エレクトロンが均等にお金を出して、IBMの研究所を造りました。当時、IBMはあまり調子がよくなく、それに再起を懸けていたのですが、幸いにもそこでの研究がうまくいき、2ナノの半導体の開発もその研究所が手がけました。
佐藤 そうした積み重ねがあってのことなのですね。
東 ただ、東京エレクトロンは製造装置のメーカーで、半導体そのものを作っているわけではありません。そこで日本で半導体を作っているメーカーをいろいろ回ってみたのですが、色よい返事がこなかった。
佐藤 どうしてなのですか。
東 自分たちが作っている半導体やセンサーの開発で手いっぱいなんですね。そもそも日本はロジック半導体から手を引いたという歴史的な経緯もあります。だから二の足を踏んだ。
佐藤 でもこんなチャンスは滅多に回ってこないでしょう。
東 だからこれはマズいと思って、経産省に相談したのです。そうしたら彼らがものすごく乗り気になった。
佐藤 経産省の役人には大きな裁量権がありますし、成果が期待できるとなるとすぐに乗ってきます。
東 私は「日本が世界のプレーヤーになるまでに10年くらいかかりますよ。覚悟してください」と話しました。実際、そのくらい期間はかかりますし、多額のお金も投入しなければならない。
佐藤 それには政治も必要ですが、彼らはフットワークも軽いですから自分たちで動いて、有力な政治家にもアプローチしてくれたでしょう。
東 私も半導体戦略推進議員連盟を発足させた自民党の甘利明議員に説明に行ったり、先日は麻生太郎議員ともお話をしました。ともに非常に真剣に聞いてくださり、全面的なサポートをいただくことになりました。
佐藤 半導体は米中デカップリング(分断)で進む経済安全保障の中心となる戦略物資です。当然、政治家は敏感に反応するでしょうね。
東 その一方で、私はラピダスの社長になる小池淳義さんに、2ナノ半導体の量産が技術的に可能かどうか、検討してもらっていたんです。
佐藤 小池社長の経歴を拝見すると、もともと日立製作所の半導体部門におられて、サンディスク社、ウエスタンデジタル社の日本法人社長を務められていますね。
東 私と違って理系出身で、半導体開発を行ってきた日本の第一人者です。彼が2021年12月にチームを率いてIBMの研究所に行き、技術的な検討をして「できる」と判断した。そこで自分たちで会社を作り、2ナノ半導体に挑戦することにしたのです。
佐藤 設立にあたっては、「七人の侍」がいたと発言されています。
東 技術的検討をするのに、小池さんが、ウエスタンデジタルやルネサス、東芝、ソニー、そして東京大学や東北大学から集めた人たちですね。
佐藤 勤め先を辞めてはせ参じたのですか。
東 大学は辞めなくても兼務できる仕組みがあります。ただ、他の方々は辞めて来てもらいましたね。
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