「昨夜、初めて会ったばかりなのに」 作家・木村紅美が語る北海道での忘れられない出会い

エンタメ

  • ブックマーク

打ち上げで出会った音楽好き女子3人組

 2022年に『あなたに安全な人』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した作家の木村紅美さん。2006年に「風化する女」で文學界新人賞を受賞した直後に訪れた北海道の地で出会った、特別な出会いと景色、そして忘れられない音楽とは。

 ***

 2006年5月、知りあいの沖縄民謡歌手DさんとパーカッショニストNさんのコンビが北海道ツアーするのを見に行った。私はその前月、純文学の小説の新人賞を取ったばかりだった。女満別空港から網走経由で佐呂間町へ向かうあいだ、ずっと、2作目となる小説の出だしを大学ノートに練っていた。

 公民館で開演を待つあいだ、担当編集者から携帯に電話があり、授賞式のようすは週明けに某大手新聞に写真入りで載ることを知らされた。当時は非正規の事務員だったけれど、30歳で作家なりたて、気分はとってもフレッシュに輝いていた時期だった。

 翌日の会場は帯広で、遠かった。電車とバスを乗り継ぎ6時間。ひとりで移動するつもりでいたところ、打ち上げで知りあった同世代の音楽好き女子3人組に、明日はドライブして帯広へ向うから、同乗しないかと誘われた。全員、北海道育ちの北大卒業生、いまは仕事を持っていてばらばらの町から来ていた。帯広でも同級生と会うのだという。もちろん、誘いに乗った。ライブも楽しかったし、サロマ湖畔のホテルでわくわくしながら眠った。

「これだから北海道に住むのはやめられない」

 朝起きたら、いま思い出しても笑えるくらいの快晴だった。女子4人の乗った車が走り出したとたん、大音量でかかったのは、小沢健二のアルバム「LIFE」(1994)。前奏で「オザケン!」叫んだ私。「あっ、オザケン好き!?」「好きー」「私も」「私も!」みんなの声が弾み、「愛し愛されて生きるのさ」をいきなり合唱した。

 全員の口から、よどみなく出てくる歌詞。昨夜、初めて会ったばかりなのに、私はみんなをずっとまえから知っている気がした。学生時代の友人たちとは、こんな経験をしたことなかった(そこまでのオザケン好きがいなかった)。新しい青春へ引き戻されるようだった。

 まもなく、車は、美幌峠の展望台へ来た。眼下には空色の屈斜路湖が広がり、緑の島がぽっかり浮かんでいる。島の向こうには青い濃淡の山が連なり、周りに雲が漂っている。湖の水面には、雲も山も映りこんで、眺めていると、重力の消える感覚のある場所だった。

 私以外の子たちは、今日は特別にきれい、これだから北海道に住むのはやめられない、と口々に言った。

次ページ:17年経った今でも

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。