タイに来てから日本食を食べたくなくなった理由 「日本語が聞こえてこない」快適さ(中川淳一郎)

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 タイ・バンコクに来て6週目に突入しました。これまでに食べてきた料理を振り返ると圧倒的にタイ料理が多く、それ以外ではアイリッシュパブが4回、アラブ4回、インド3回、ミャンマー3回、メキシコ2回、バーガーキング2回、イラン1回、レバノン1回、イタリア1回、韓国1回です。回数は1日2回なので、タイ料理率は75%ほどか。

 なぜか日本食は敬遠してしまうんですよね。立派な寿司屋もあるのですが、こちらに来ると200円でメシが食えるだけに妙に金銭感覚がシビアになり、高い寿司を食べようという気にならない。フードコートの寿司は1貫40~80円と安いのですが、カニカマ、マヨネーズで和えたトビッコ・ツナ・怪しげな貝、甘そうな玉子焼き、謎の海藻など、まったく食指が動かない。

 チェーン店ではリンガーハット、8番らーめん、大戸屋、すき家、吉野家等もありますが、味の予想がつくほか、日本で食べる方が安いのでこれまた食べたくない。一度だけ日本食を食べたいと思ったのは、地元・唐津の友人がアジとサザエの刺身をツイッターにアップしていた時のこと。この時は「唐津のスーパーでコレ買いてぇ!」と思ったものです。そのうえで、「どうせバンコクで食べられたとしても、唐津ほどの鮮度じゃないだろう」とコレも諦めました。

 恐らくバンコクという街は「食」の選択肢が多過ぎて日本料理を食べている余裕がないのでは。唐津にいると各種エスニック料理は身近ではないため、これぞチャーンスとその手の料理ばかり食べるようになっている。

 あと、もしかしたら日本語を聞きたくなくなってしまったのかもしれません。こちらにいると本当に快適なんですよ。いちいち「お客様の安心のため、最低限の人数でのお買い物をお願いします」みたいな人工的に作り出す騒音的アナウンスはないし、基本的に自動車のエンジンや削岩機で何やら工事している音だけ。

 飲食店でも耳をつんざくBGMはエッチなバー以外にはないし、聞こえてくるのは会話のみ。しかも、会話が日本語ではないから何を言ってるのかまったくわからない。英語は時々聞こえてくるものの、日本語で「何それ、ウケる!」「でしょー!」「マジ、やべぇじゃん」「だろ、やべぇよな!」みたいな会話はない。

 完全に異邦人として生きていけるのが心地よさにつながっているのかもしれませんね。私も今年50歳で、「友達100人できるかな♪」とか「ピースボートで海外へ行って海外の友人を作ろう!」みたいな年齢でもありません。妻と何人かの居心地の良い人との人間関係があるだけでいい。そんな中、海外に年間数カ月住むというのは快適以外の何物でもないです。

 日本での拠点とする街に月4万2千円の小さな部屋を借り、そこを数カ月空けることも厭わない。海外では安めの宿を転々とする。そんな人生もいいかな、と今回思いました。

 さて、食の話に戻りますが日本発チェーンで唯一食べたいと思ったものがあります。「一風堂」のソフトシェルクラブ唐揚げを中華風パンに挟んだもの。何じゃコレ?ですが、興味津々。約600円。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2023年3月30日号掲載

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