なぜ日本はここまで犯罪が少ない国になったのか 背景に少子高齢化、若者が多い国には混乱が(古市憲寿)

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「ルフィ」一味による広域強盗、無差別殺人に憧れがあったという17歳による教員切りつけ……。メディアでは連日のように凶悪事件が報じられ、ともすれば日本の治安が悪化の一途をたどっているかのような印象を持ってしまう。

 完全な誤解である。現在の日本は、かつてないほど安全な時代を享受している。刑法犯の認知件数は2021年に戦後最少である約57万件を記録、凶悪犯罪に限っても減少傾向にある。他殺による死亡者は1955年には2119人もいたが、2020年には251人にまで減った(コロナの影響も多少ある)。

 刑務所など刑事施設の収容人数も減少している。2006年には8万人を超えていたが、2022年末には約4万人にまで半減した。犯罪者が少なくなりすぎて、刑務所や拘置所の統廃合が議論される時代だ。

 なぜここまで日本が安全になったのか。実は少子高齢化の数少ない恩恵と言えるのかもしれない。

 古今東西、若者が多い国というのは社会が不安定になりやすい。それが良い方向に働けば悪政を糾弾するデモが起こったり、平和的な革命が成功したりする。悪い方向に働くと、犯罪が頻発したり、革命やテロで多くの人が命を落とす。ユースバルジ(若者の膨張)という専門用語もあるくらい、若者の割合は社会に大きな影響を与え得るのだ。

 1979年のイラン革命、1987年の韓国民主化、2010年のアラブの春などの革命は全て、「若い国」だからこそ起きやすかった出来事だといえる。日本でも学生運動が盛り上がったのは、団塊の世代を中心とした若者が多い時期だった。

 若者の多い社会は活気があり、有り余った労働力を安く使えるので経済成長もしやすい。一方で、そのような社会では激しい競争が発生する。報われないと感じた若者は政変を願ったり、一部は犯罪に手を染める。

 これからの日本で再び治安が悪化する可能性は低そうだ。元気も活気もない社会では犯罪さえも減る。

 革命が起こることもないのだろう。もしかしたら政権交代さえ難しいのかもしれない。「失敗するおそれもあるが新しい勢力に懸けてみよう」という勇気がこの国に残されているかは怪しい。いくら変化を求めようと、少子高齢化は進む一方だ。人間の加齢と一緒で、アンチエイジングにも限界がある。

 だが成長もない代わりに、混乱が減り、犯罪さえも少なくなった時代に生きていることを、我々はもっとことほいでもいい。

 少なくとも警察やマスコミの使う「体感治安」という造語に惑わされる必要はない。犯罪が減ると商売上がったりの人々が悪あがきで使っている言葉に過ぎない。一見すると牧歌的で、「体感治安」こそいいが、殺人事件の多い社会に住みたいと思う人はいないだろう(でも「名探偵コナン」ファンなら米花町に住みたいのかも)。どのようなニュースを見るかで簡単に「体感」は変わるのだから、警察は「体感治安」などという言葉を使うべきではない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年3月30日号掲載

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