「無期懲役では反省しない」死刑判決を受けた当事者の肉声 世界を取材をしてたどり着いた「死刑制度を残すべき理由」
野蛮で非人道的。死刑制度を廃止せよ。それが世界の潮流だという。だが、日本が「死刑があっても安全な国」であることは紛う方なき事実だ。外国からとやかく言われる筋合いがあるのだろうか。各国の現状を取材したジャーナリスト・宮下洋一による、死刑制度を巡る考察。
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「死刑になるのが当然」
「(死刑制度は)日本国民にはとても恥ずかしいこと」
相容れることのない死刑制度存置派と反対派、それぞれの思い。死刑の是非を巡る“正解”への糸口は、あるひとつの事件に潜んでいた――。
米国、フランス、スペイン、日本の4カ国を取材し、昨年12月に上梓した『死刑のある国で生きる』(新潮社)の中で、私が取り上げなかった日本の無期懲役事件がある。その事件取材を振り返ってみると、悩み続けた疑問――死刑は何のためにあるのか――の答えが改めて浮かび上がってきた。
「覚醒剤が原因での減刑が許せない」
2012年6月10日、大阪を訪れた音楽プロデューサーの南野信吾(当時42歳)が東心斎橋の路上を散歩中、刃物を構えた一人の男に背後から突進され、倒れたところを馬乗りになって何度も刺され、死亡した。それを見て逃げようとした佐々木トシ(同66歳)も、同じように複数箇所を刺され、帰らぬ人となった。
覚醒剤取締法違反で服役し、満期出所したばかりだった礒飛(いそひ)京三(当時36歳)による犯行で、「心斎橋通り魔殺人事件」と呼ばれた。覚醒剤中毒の後遺症で、〈刺せ〉との幻聴から拡大自殺を試みる再犯行為だった。
昨年2月、私は、被害者である南野の妻で、娘3人を育てる母でもある有紀(52歳)に都内のホテルで会った。事件の流れを説明し終えた彼女の口から、真っ先に出た言葉はこうだった。
「これまでわびたこともないし、反省の色もない。礒飛本人が好きで覚醒剤をやっていたのに、それが原因での減刑が許せない」
一審大阪地裁の裁判員裁判では、極刑が言い渡された。しかし、二審の公判で礒飛は、「死刑になるのは怖い」と吐露。死を恐れた。結局、二審は死刑を破棄し、無期懲役としたが、検察・弁護側ともに上告。2019年12月、最高裁は上告を棄却し、無期懲役が確定した。
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