サッカー経験ゼロの“オタク”がプロリーグで戦術分析官? 「観戦した数千試合のデータが脳内に」
就職せずにアルバイト、欧州旅行の日々
駆け込んだのはスポーツショップならぬ大型書店。
「手に取ったのは技術の指南書ではなく戦術書。開くと観戦時に抱いた疑問への答えがすべて書いてあった。読み進めるうち、サッカーが運動神経の良い人がボールを蹴って走るだけという、単純なスポーツではないことが分かってきました」
個性に応じて選手をピッチに配置し、役割と動きを決めて戦う知的なゲーム。龍岡氏が戦術書と記録用ノートを手に、国内外の試合を観戦する日々が始まった。
「この年のW杯アジア最終予選と、日本代表がギリギリでW杯初出場を逃したドーハの悲劇ではジェットコースターのような感情の起伏を体験しました。あれでますますハマりましたね」
サッカー愛に満ちた生活は、高校卒業後も続いた。
「就職せず、約9年間、アルバイトで資金をためては欧州に渡るの繰り返し。滞在費が底をつくまで欧州選手権やチャンピオンズリーグをはじめ、欧州各国のリーグ戦を観て回りました」
ブログは2万字に及ぶことも
27歳の時に横浜市内のサッカーショップに就職。人並みの人生が始まったはずが、過去の稀有(けう)な経験が思わぬご縁を招き寄せる。
「ネット通販の宣伝用に開設した店のブログに、衛星放送を含めたあらゆるチャンネルで放映された試合に関する、オタク気質な僕なりの分析記事を書き始めてみたんです」
〈戦術は浪漫だ!〉と銘打って、サイト内に画像や解説図を貼り付けた。個々の選手の配置や動きを示す線や矢印、文字を複雑に書き込んだ緻密で尖った指摘は時に2万字を超えた。すぐにネット上で評判になり、同時に店舗の売り上げにも貢献したという。
「このブログが“サッカー以外の世界から面白い奴を入れたい”と考えた藤枝の小山淳代表(当時)の目に留まった。小山さんは“ずっとボールを蹴ってきただけの奴と、蹴らなくてもずっと見続けてきた奴とでは、どっちが分析面でのプロかは明らか”という考え。すぐに戦術分析長という肩書で迎えてくれました」
約10万人の選手データ
龍岡氏の頭には、世界中で観戦した数千の試合がインプットされているという。
「監督やコーチの求めに応じて、目前の試合と同じパターンの戦術や、過去の成功例と失敗例を答えられます。選手にはそれぞれの強みや弱み、改善点を指摘するほか、約10万人の古今東西の選手の中から似たタイプを選び出して“彼のこんなプレーを試してみたら?”と提案することも」
自らを「サッカー界の内と外に片足ずつ置くサッカーオタク」と称する龍岡氏は、今季で京都ACの在籍は4シーズン目。チームのJリーグ昇格にすべての情熱を注いでいる。
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